無能

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 猿渡探偵事務所所長、猿渡善人は真介に向かって音を鳴らさない程度に拍手をした。 「お前、なかなか優秀な探偵だな。どうだ、俺の事務所にこねえか。給料もそれなりにはずんでやるぜ」 「お断りします。あなたの人間性は元より、探偵としての力量にも大いに疑問がありますから。スケープゴートの事件での推理以外にも」  真介の即答に猿渡の引きつった笑みが揺らぐ。先ほど真介は「こちらが本題」と言ったが、あれは軽い嘘だ。本当はここからが本題だった。これこそが、この男をここへ呼び出した理由だった。 「空想の名探偵がするような推理がまるきり駄目なのはこの際認めてやるが、現実の人探しや浮気調査に関しちゃ、それなりに腕はあると自負しているんだがな。そこまで言うなら教えてくれよ。俺の駄目な所を」 「あなたは仕事で中田一太郎を尾行し、ペンションスケープゴートを訪れた。そこに間違いはありませんね? 」 「そうだ。俺はあの時、奴を尾行していた。それが俺の探偵としての力量と、どう関係があるんだ」  この男は認めた。中田一太郎の動向を探るため尾行をしていたことを。この言質が欲しかった。 「スケープゴートでの事件発生から数時間前。弓嶋達が行ったKスキー場でも、長野県内の女子大生が殺された事件が起きたのはご存知ですよね。この件も手記で軽く触れられていましたから」 「後で報道で知った。可愛そうに。生きてりゃきっと、官僚にでもなったんだろうな」 「その更に後、現場に残されていた犯人のDNAから警察は、その女子大生を暴行の末に殺害したのは、中田一太郎であると突き止めました。……おかしな話だとは思いませんか? 」 「生まれながらの鬼畜がとうとう人を殺した。別におかしな話じゃないだろ」 「問題はそこではありません。そもそもスケープゴートの事件にしろKスキー場の事件にしろ、本来なら起こるはずがないんですよ。元警察官の探偵がちゃんと中田を監視さえしていればね」  魁はスキー場のレストランにて、中田と猿渡(と、おそらくは中田の手に掛かった女子大生)の姿を見かけている。中田は獲物の物色を。猿渡は眼を離した隙にいなくなった中田を探していたに違いない。――後の事件とはあまり関係のない話であろうと手記には書いてあったが、大いに関係があったのだ。
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