それでも君が好き・優香

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それでも君が好き・優香

 『私それでも隼が好きです。小さい時から、ううんそれ以上に』 私は園長先生の前でそう言った。その時園長先生の腕に力が入ったのを覚えている。 (園長先生。私の恋を認めてくれたのかな? それともただの同情かな? 今の隼には、私の入り込める隙間なんてないから……) 亡くなられた方との清らかな思い出は、今を生きている者には勝ち目はないそうだ。 罰当たりだと知りつつ、結夏さんを恨んだ。私が恨ぶべき人ではないのに、恨んではいけない人なのに……。 穏やかで誰にでも優しい隼。でもその心は固く閉ざされていた。その本当の訳を私は知らない。でも、何時か解きほぐしてやれたならと思っていた。  太鼓橋を渡るのが怖くなり、私は何時しか別ルートで通勤するようになっていた。でも其処はあまりにも近すぎて、私にとっては耐えがたい心労となっていた。それでも又、あの階段に隼が居るようで気が気でない。 隼のそんな姿を見たくはないに目が其処を目指す。隼の居た階段に又目を移す。 私も隼も、地獄の苦しみから這い出す業もないから、このままずっと其処にいるしかないのだろうか? 苦しくても乗り越えるしかない。解っていても考える。この恋を封印するしか道はないのだと。  『翔は男の子だろう? だったら女の子を泣かせてはダメだよ』 あの日、隼が言っていた。でも隼は私を泣かせる。貴方の存在全てが私を傷付けてる。傍に居ること自体が苦痛と思えるほどに……。 (ねぇ隼。私辛いよ。辛過ぎるよ) 身悶えしながら結夏さんに嫉妬する。もう救いようがない恋に何処までも堕ちて行く。それは奈落なのか、底無し沼なのか解らない。其処で生きて行くしかない自分を感じながら……。  今日は結夏さんの三回忌。お墓参りを装い結夏さんの菩提寺に来た私。そのためか、誰も私に気付いた人は居なかった。 隼も列席しているものだとばかり思って、こっそり覗いてみた。 だけど其処に隼の姿はなかった。マスコミへ配慮したからだと思った。私はまだ、それに拘っていた。隼が突然芸能界を辞めて十年以上経っていると言うのに……。 でも隼は本当はすぐ傍に居たのだ。私はそれに気付かずにママのお墓に向かった。  小さな柄杓でお墓の上から水を掛ける。でも其処で愚かな行為に気付いた。私は何も道具を持って来なかったのだ。ポケットにはハンカチさえも入っていなかったのだった。仕方なく素手で洗う。だから余計に惨めになった。 (何遣ってるんだろ私……。もし隼に見られたら何て言えばいいんだろう) 此処にいるはずもないのに、私の頭の中は隼だけだった。  家の庭から摘んできた花をお墓に手向ける。本当は其処で眠っているママに恨み辛みを言うために来たのだ。自分の愚かな行動を棚に上げて、ママに愚痴るためにやって来たのだ。それもわざわざ結夏さんの法事の日を選んで……。 私は隼の姿を見たかったのだ。未練だと知りながら。 隼の心の中に私が入り込める隙間など微塵もないと知りながら……。  お寺の駐車場が賑やかになる。私は急いで其処へ行きその中に、隼が居ないかを確認した。 (バカだね私……。自分が惨めになるだけなのに……) 家族の方が別な会場へ移動するのを確認してから、私は又賽銭箱の前に行って中を覗いてみた。其処には先ほどまでと違って静かな時間が流れていた。  その時、隼が祭壇の前に座った。隼は隣の部屋にいて、親戚連中の帰るのを待っていたのだった。隼は熱心に手を合わていた。私も慌てて合掌した。 「あれっ優香。何で其処にいるの?」 隼はそんな私に気付いたようで声を掛けてきた。 「あっ、お墓参りです」 私は慌ててそう言った。 隼はそんな私を手招きをした。 「こんなこと頼める訳がないけど、出来れば僕と結夏の別れを見守っていてほしい」 (隼は今、別れと言った。もしかしたら……) それは一分の期待。 私はこの期に及んでまだ未練から裁ち切れないでいたのだ。 それでも私は頷いた。頷くことしか出来なかったのだ。  読経が始まる。私は翔の隣に座って一緒に手を合わせた。これが本当の家族の配慮だったのだろう。隼に結夏さんと居る時間を作ってあげたかったのだと思った。 (でも良いのかな? 法事の読経を何度も聞いたら、結夏さんが戸惑わないかな? 私が……、隼の隣に座っていることを怒らないのかな?) 私は馬鹿なことばかり考えていた。  「ありがとう優香。何時も僕を見守ってくれて。これでやっと前向きに生きて行ける。これからも傍に居てくれないか」 (隼、一体何を言いたいの? 私……隼の傍に居ても良いの?) そう思いつつ首を振った。  結夏さんのお墓に隼と二人で向かう。お寺の水入れを借りようと探してみたけど見当たらなかったので、さっきまで私が使っていたのを用意した。 「結夏さんの法事があるなんて知らなかったから、持ってきたお花全部ママにあげちゃった」 私は嘘を言った。ママが亡くなったのは事実だったけど……。 「えっ!? 優香のお母さん亡くなったの?」 「うん。私が短大に進む前に。だから私、短大に行くの諦めようとしたの。そしたらパパが『優香の夢は保育士だろ。大丈夫、パパに任せろ』って言ってくれたの」 私の夢には何時も園長先生の影があった。私は隼を抱き締めていた原島先生に憧れていたのだった。 私が物影から見つめることしか出来なかった隼。その隼を原島先生は、何時も抱き締めていたのだ。私が翔君を抱くように……。  「ゆうか……やっと就職が決まりそうだよ」 私なのか、結夏さんに話し掛けているのかが解らない。でもそれは嬉しい報告だった。 「えっ!? 就職が決まったのですか?」 「いや、まだ……正式には。スポーツ用品の販売店なんだ。店長は、僕のこと気に入ったようで、面接した日に即決で採用されたんだ」 「わあ、凄い。おめでとうございます」 「どころが、そんなにめでたくもないんだ」 「え、どうしてですか?」 「店員が言ったんだよ。『あの人は今? 何て番組に出たら、この店もっと有名になりますよ』ってね。それで採用されたんだ」 隼の返事に一瞬言葉を失った。 「あはははは」 それでも私は笑い出した。その時一瞬、隼の顔が引き吊った。 「結夏……」 突然隼は呟いて、私の体を抱き締めた。 「辞めてください。私……結夏さんじゃない」 私はつい、言っていた。  私の言葉を受け、隼はすぐに体を離した。 「ごめん、優香。でも今のは結夏に言った訳じゃない」 「そんな言い訳辞めてください。私と彼女が同じ名前だから、気が付かないと思っているらしいけど……そんなの聞いてりゃ解るのよ」 そう……解ってしまったんだ。 「嘘じゃない。優香聞いてくれ。僕は確かに結夏を愛してた。でも、今君にときめいている。僕が本当に好きなのは君なんだよ優香」 「嘘」 「嘘じゃない。優香、五月に子供達と体験学習へ行かなかった? あの時松田孔明もいただろう?」 「はい確かにいましたが、松田孔明さんは用事があるって言って……」 「その用事が僕だったんだよ。孔明は僕のバイクを大学まで押してくれたんだ。僕が君にときめいてバイクを倒してしまって、エンジンが掛からなくなってしまったから……」 「嘘……。確かにクラクションが鳴った後、バイクが倒れていたけど……」 「それが僕だよ。でも、その日。孔明から結夏が子宮外妊娠で亡くなったことを知らされたんだ」 「子宮外妊娠!?」 何故そんなことを言ったのか解らない。私は結夏さんが子宮外妊娠だったってこと知っていたんだ。でも、私が知っていた事実を隼には知られたくなかったのだ。 「そう、だから孔明とこの兄貴のせいじゃないんだ。子宮外妊娠で胎児は育たないんだって、いずれは流れる運命だったんだよ」 「そんな……」 「優香……君にどんなに嫌われたとしても……僕は君が好きだ。この思いは変えようがないんだ。僕は、それでも君が好きだ」 「そんな……。私が隼を嫌いになるわけないでしょう。だって隼は私の王子様なんだから。子供の時から大好きだった……私の大切な人だったんだから」 私は遂に隼の前で告白した。隼は私の手を取り、結夏さんの墓石の前で手を合わせた。 「結夏聞いてくれ。僕は此処にいる中野優香さんを好きになった。結婚したいと思っている。だから早く就職先を決めたかったんだ。でも決して君を忘れた訳ではない。君との間に設けた子供のことも忘れた訳ではない。これからも君との思い出は大切にする。だから、僕の恋を見守ってくれないか?」 隼は結夏さんの墓石に向かってただひたすら祈り続けていた。 「優香、僕は君を愛してる。出来れば君に愛されたいと思っていたんだ。優香、これからもずっと傍にいてくれないか?」 私は隼の言葉に頷いた。嬉し涙を溢しながら……。  「今度は君のママへの報告だ。優香……僕を案内してくれないか?」 私は頷いて、隼の手を取った。お墓に行く道は狭い。一人がやっと歩ける位の幅しかなかったのだった。 「あっ!?」 中野家のお墓に行って驚いた。さっき手向けな花が花生けから飛び出していたからだ。 「あっはははは。何て言うか、優香らしい」 「何よ。優香らしいって、私のことどんだけ知っているの?」 「ごめん。笑って……。だって、お墓の花が紫陽花だなんて……」 隼は又笑い出した。 「庭に咲いていたの。だってお花でも待って行かないカッコ付かないじゃない」 「ん? そのカッコって何だよ」 「だってさ。結夏さんの三回忌の様子を見に来たなんて、隼に知られたくなかったのよ」 「優香……」 隼の言葉を聞いて、私はとんでもないことを言ってしまったことを自覚した。 「隼のことが大好きだから、結夏さんに嫉妬してたの。私が敵う相手ではないけど、隼に振り向いてもらいたくて……」 「優香」 次の瞬間、隼は私を抱き締めた。 「ダメ、ママが見てる」 「見せ付けてやろうよ。僕達はお互いが、こんなに思い合ってるってことを」 そう言いながら隼は私の唇を奪った。  私は隼の大学を見てみたくて、七月の最終日曜日にオープンキャンパスに出掛けた。年四回あるそれは、出入り自由なのだそうだ。 隼が体験学習時、私にときめいたと言う一つ手前のバス停で降りる。隼と孔明さんがバイク押し上がった坂はきつい。はるか遠く空中通路が見える。でも出入口は意外と近かった。ずっと先だと思い込んでいた私は、拍子抜けを食らった。 (そう言えば孔明さん、わりと早く戻って来たんだったわ。だから翔君喜んでいたな。あの子、孔明さんが大好きだから……) そんなことを考えながら暫く歩いて行くと調整池があった。その周りで良くパンを食べるって言ってた隼。早速降りて体験した。  (翔君のお父さん釈放されて良かったな。孔明さんも一安心しているわね) 結局、証拠不十分。結夏さんは落とされたのではなく、自分から落ちたのだと結論されたのだった。隼が翔君に語った命の大切さ。その隼の恋人の命が父親に追われたために失われたと知った時、翔君はきっと傷付くと思う。翔君は孔明さんのお兄さんの長男だったのだ。
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