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静岡県のある山の頂には、白亜の城のごとくそびえ立つ学び舎があった。
私立濠輿高等学院。ここには資産家や政治家といったエリートの子息しか入ることのできない名門男子校だった。が、隔離施設のごとく校舎が下界から遠ざかった場所に建てられており、男子校で女子が一人もいないため、同性愛に走る生徒が数多くいた。
そんな学園に嵐のように突如現れた人間がいる。季節外れの転校生、天塚駿平。西洋絵画で描かれる天使のように可愛らしく中性的な容姿をした少年だった。
彼が転向してきた当初は、天使のような愛らしい少年がやってきたと噂になり、学園内はお祭り騒ぎとなった。だが、その期待は裏切られ、賑やかなムードはたった一ヵ月で台無しになってしまった。
駿平は、その天使のような見た目を裏切る性格をしていた。人を誰彼構わず誘惑し、陥れることに快感を覚える悪魔のような性格も困ったものだが――駿平の場合は人の言うことを聞かないわがままな子供のような性格をしていたのである。自分の正義を振りかざし、気に入らない者・自分の思い通りにならない者に対して無差別に暴力を奮う、危険人物だったのだ。
学園の多くの者は半日と経たずに駿平のことを敬遠するようになった。
しかし――彼の同室になった一匹狼の不良、クラスメートである爽やかくん、イケメンホストのような英語教師、そして生徒会メンバーはなぜか彼のことを大層気に入り、行動を共にするようになってしまったので大変だ!
このことを知った彼らの親衛隊、中でも過激派の人間は憤慨した。自分たちが神のように崇め奉っている親衛隊のメンバーに敬意を払うこともなく、気安く話しかけているぽっと出の人間に怒りを感じたのである。
さらに最悪なことに生徒会や英語教師は駿平とのおしゃべりやゲームに没頭するようになり、仕事や授業をサボるようになってしまった。親衛隊の穏健派と一般生徒・教師陣は生徒会のメンバーが授業に出ないことや生徒会の仕事をしないこと、英語教師が英語の授業を放り出して転校生と遊んでいること、転校生が授業妨害をすることに大激怒し、いつしか学園はピリピリとした空気に包まれるようになっていった。
そんななか、生徒会補佐の白雪透と風紀委員会・副委員長の大原晴樹は穏やかな寝息を立て、生徒会室にある仮眠用ベッドの上で昼寝をしていた。恋仲であるふたりは、透以外の生徒会のメンバーが放置していた仕事に取り組み、疲れ切っていたので仮眠を取っていたのである。
恋人同士である透と晴樹は幸せそうな寝顔で眠りについていた。
透は晴樹の胸元に顔を寄せ、微笑みを口元に浮かべているし、晴樹は透の体を離さないように抱きしめている。
そんな二人の穏やかな眠りを妨げるかのように、大きな音を立てて扉が開かれる。
「透、なんで食堂に来ないんだよ? 一緒に、ご飯を食べようって約束しただろ!? 約束を破るなんてあんまりだぞ!」
駿平は声を張り上げ、わざと大きく足音を立てて二人に近づく。
ムニャムニャと口元を動かす透を、さっと晴樹の腕から奪い去り、生徒会室の仕事部屋のほうへ連れていく。
透はいまだ夢の世界にいて、起きない。
そんな彼を起こそうと駿平は透の頬をつねった。
いきなり襲ってきた痛みに驚いた透は、カエルがつぶされたような声を出して飛び起きる。眠そうに目を擦りながら駿平を見上げる。
「あれー、どうして転校生くんがいるの? 晴樹くんは?」
「おい、起きて早々に生徒化補佐の話なんて、ひどいんだぞ。なんだよ、その態度は!? 約束を破ったくせに生意気だぞ!」
駿平は顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
すると透は自分の口元に人差し指を立てて小さな子供に注意をするような口調で駿平を叱る。
「しーっ! 大きな声を出さないで、晴樹くんが起きちゃう……彼、とっても疲れてるんです。寝かさせて上げてくださいね」
「なんで雅由たちをいじめている風紀委員のやつをかばうんだよ? そもそも、どうしてこんなやつのそばにいるんだ!?」
駿平は透の肩を摑み、前後に揺すった。
しかし透は頬をポッと赤く染めて微笑んだ。
「それは――僕と彼が恋人同士だからですよ」
駿平はその言葉を聞き、目玉が飛び出すのではないかというほどにギョッとした表情を浮かべ、透を揺さぶるのをやめた。
「恋人、恋人だと――冗談だろ? そんな話は初耳だぞ!」
「それはそうですよ。僕、駿平くんに晴樹くんとつきあっているという話をしたことがないですから。でも、僕と晴樹くんは一年まえからつきあっていますよ」
「なっ、なんだって!? 透、風紀のやつとつきあっても、いいことなんて何もない! おまえ、騙されているんだ!」
「駿平!」
一匹狼の不良、爽やかくん、イケメンホストのような英語教師、生徒会メンバーが次々と慌ただしく生徒会室へやってくる。
「雅由、みんな!」
うれしそうな声を出して駿平は満面の笑みを浮かべる。透の手を摑んで、生徒会長の雅由のもとへ走り寄る。
わあ……! 生徒会長たちを見るの久しぶりだなー。何週間ぶりだろう? 皆さん、元気そうでよかった。
長いこと目にしていなかった生徒会メンバーの顔を「懐かしいな」と思いながら、透は眺めていた。
生徒会長は透の視線に気づくと鋭い眼差しで透のことを睨む。
「白雪、おまえ――なんで駿平との約束を破った? ぜんぜん食堂に姿をあらわさなかったじゃないか。第一どうして風紀の大原が生徒会室の仮眠用ベッドを使っている。説明しろ」
「それは僕と晴樹くんがお昼を食べたあと、いっしょにお昼寝をしてたからです」
のほほんとしながら透は的外れな答えを口にする。
「部外者は生徒会室に無断で入ってはいけないことになっているのにね。大原くんは知らなかったのかな? 駄目じゃないか白雪くん、こんな男を部屋に入れて、二人っきりになったりして。大原くんは、きみのことを丸呑みにしてしまうかもしれない恐ろしい獣なんだっよ」
「まったく校則を遵守し、校則を守らない人間に注意をすることが仕事の風紀委員が自ら規則を破るとはな! こりゃあ、笑えるぜ」
英語教師と不良は嫌みたらしい顔でニヤニヤ笑っていた。
「あれ、もしかして皆さんの耳には入っていませんでしたか? 僕はあなたたちが仕事をサボるせいで授業を受けることも、食事を摂ることもまともにできなくなって、極限状態まで追い詰められたんですよ。教室で倒れて救急車が来たことも、病院で先生から社会人でもないのに『過労』だって診断されたことを知らなかったんですか?」
困り顔をして透は爆弾発言をした。
透といまだに眠っている晴樹を除いた者たちは全員「ええっ!?」と驚きの声をあげ、石のようにカチコチに固まってしまう。
「そ、それは、どういうことですか?」
副会長は頬を引き攣らせながら、透に尋ねた。
「『どういうことですか』と訊かれても困ってしまいます。言葉通り、そのまま――ですよ。晴樹くんが僕を助けてくれなかったら、僕、死んでいたかもしれません。ですが、ご安心ください。今は書類の量も減って、食事を摂る時間もできました!」
胸の前で両手を組み、透はニッコリと笑みを浮かべた。
「でも、期限が迫っている書類があったので、二人で徹夜したんです。そしたら風紀委員長さまが『おまえら、休むことも仕事のうちだ。昼休みに仮眠を取れ』とおっしゃってくださったんです。
もともと晴樹くんが僕の補助をすることになると決まったときに、期間限定で生徒会室への入退出をしていいとの許可が先生方からおりました。今、晴樹くんは生徒会室のカードキーだけでなく、入室許可証もちゃんと携帯していますよ。だから生徒会室の仮眠室を使用してもなんら支障はありません」
その言葉を聞いて会計は口の端を引くつかせた。
めずらしくムッとした顔をした書記が、片言ながらも言葉を発する。
「でも……俺たちから……許可……取って……ない」
すると透はため息を一つついた。そして子供のように頬をふくらませ、自分が普段使っているチェアへと腰かける。
「仕方がないじゃないですか。僕たちがこんな状態になるような原因をつくったのは皆さんですもの。それに僕が『仕事をしてください』って言っても聞く耳をもたなかった。そうでしょう?」
生徒会メンバーは誰一人として透の言葉に反論できず、ぐうの音も出なくなってしまう。
「僕の言っていることが嘘だとお思いでしたら、今から風紀委員長さまに連絡をして確認を取りしましょうか?」とデスクの上にある古めかしい電話の受話器を透は手に取った。
「ちょっと待って! てことは俺たちのほうが……」
爽やかくんの顔はどんどん紙のように白くなっていく。
「校則を破っていることになりますね。生徒会顧問と風紀委員長さまが『あいつらが何かしたらすぐに罰則を与える』とお話していましたよ。今からでも遅くはありません。全校生徒に謝罪をして、仕事に戻ったほうが……」
「だったら、おまえの口を封じればいいだけだろ?」
ぼそりと生徒会長はつぶやく。透の手から受話器を奪い取り、ガチャン! と派手な音を立ててもとに戻し、不敵な笑みを浮かべる。
「大原は目を覚まさない。俺たちがここに来たことを知っているのは白雪、おまえだけだ。おまえを脅して、口封じをすればいい。そうだろ?」
「えっ……?」
彼らの纏う空気が変化したことに透は動揺する。
「抵抗できないよう軽く殴ってから、みんなで犯した写真を撮るのとかよくねーか? なあ、会長様」
不良は飢えた獣のようにギラギラした目で透のことをジッと見つめた。
「ちょっと殴っちゃかわいそうでしょ。痛いことをしちゃ絶対に駄目だよ。でも……みんなからエッチなことされて『感じちゃう!』って絶望する白雪くんの顔は見たいなー」
英語教師は赤い舌で自身の唇を舐める。
「それじゃあ場所を変えますかねー。白雪くんをみんなで、エロエロのぐちゃぐちゃにしちゃおー!」
意気揚々といったテンションで会計は透の右手を摑んだ。
「ごめん……ね……痛いこと……しないから……許して……」
書記は申し訳なさそうに透の左手を摑んで暴れないように押さえた。
「えっ、えっ? なんで……どうしてこんなことするんですか?」
状況を理解できていない透は涙目になって、会計と書紀の顔を交互に見て、あたふたする。
「っ!? おまえら、透に触るなよ! そんなやつ放っておけって――」
駿平は顔を真っ赤にさせて、透を拘束している会計と書記の手を離させようとする。
すかさず副会長は駿平の背後にまわる。彼の耳元に手を当て、悪魔のように囁く。
「知っているんですよ。あなたが本当に狙っていたのは、好きなのは白雪だということを――」
「はあっ? なっ、そんなわけがあるかよ。おれはみんなのことが好きなんだ!」
「そんなふうに意固地にならなくてもいいんですよ。ぼくたちの視線を自分自身に向けて、白雪に手を出さないよう見張っていたんですよね。バレないとでも思っていましたか?」
「なんだよ、突然。藪から棒だな! 透のことなんて、べつに好きじゃないし……」
「いいんですよ、隠さなくても。ここにいる者は皆、白雪のことが好きなんです。それなのに彼は、ぼくたちのなかの誰かではなく、平凡でどこがいいかもわからない馬の骨のものになった。だから、みんな腹を立てているんです」
生徒会メンバーは駿平の出現をこれ幸いと利用し、仕事を放棄することで透を困らせようとした。
英語教師も英語の苦手な透が好きだと言ってくれた授業を生徒会メンバーと同じ理由でやらなくなった。
爽やかくんは透の幼なじみで一番の親友だったが、晴樹とつきあい始めた苛立ちから親衛隊の過激派を使い、イジメにならない程度の嫌がらせ・意地悪をさせた。
一匹狼の不良は以前、同室でやさしくしてくれた透が晴樹とばかりいて、自分と会話することが少なった腹いせとしてワザと突っかかったり、大怪我にならないように加減しながら暴力行為を行った。
全部、全部、皆、透に対する歪んだ愛情が発端となった行為なのである。
透は半ば無理矢理屋上に連れて行かれ、困惑していた。
「み、皆さん、どうしたんですか? なんだか目が据わっていますよ」
しかし男たちは口を閉ざし、獲物を狩るような目つきで透のことを見つめた。
涙目になった透とうろたえている駿平の目が合う。
「や、やっぱりこんなのはよくないんだぞ! 透がかわいそうだ」
そう言って駿平が透のところへ向かおうとするのを雅由が阻んだ。
「なあ、駿平――おまえだって思っていたんだろ? 大原に白雪は似合わないって」
「雅由……」
にたり、と含みのある笑みを生徒会長である雅由は浮かべた。
「男ならわかるだろ。自分のことを見てくれない。心から愛しているのに自分ではない誰かを見ている……その苦痛。心が手に入らないなら、せめて体だけでも手に入れたい願望。駿平、白雪が好きなら俺たちと手を組め。共犯者になるなら、お前が一番最初に白雪を抱くことを許してやる」
酒に酔ったかのようにフラフラとした足取りで、駿平は透に近寄った。彼のあごに手をやり、上を向かせ、唇を寄せる。
派手な音を立てて屋上の扉が開け放たれる。
「おまえら、本当に最低だな」
暴走車のように走ってきた晴樹は駿平を突き飛ばし、会計と書記の手から透を助け出すと抱き寄せた。
「なんでだよ? なんで、そんなふうにしか愛せねぇんだよ!? 好きな人を悲しませて、泣かせるなんて……男の風上にもおけねえよ、おまえら!」
「晴樹くん……」
身体を震わせ、おびえている恋人を守ろうと晴樹は透のことをきつく抱きしめる。きっと鋭い目線で生徒会長たちのことを見据える。
「なんだ、そのまま寝ていればよかったのに。起きたんだね、大原くん。でもまあ、起きたところで何もできやしないけど」
「多勢に無勢。おまえなんか俺たちがすぐにボコボコにしてやるよ。邪魔するんじゃねえ」
そうして、じりじりと透と晴樹に近寄り、ふたりを壁際まで追い詰める。
「おまえらが俺のことを嫌っているのは、わかっていた。透と俺がつきあうことを反対していたのも目に見えていたよ」
晴樹は透を抱きしめていた手を離し、透を庇うように彼の前に立つ。
「殴られること、悪口を言われること、いじめられること。全部覚悟したさ。それなのに……お前らは透に、ひどいいことをした! 正々堂々と俺からかっさらえば良かったのにどうして好きな人を大切にできないんだよ!?」
「愛しているから憎いんです」
副会長は氷のように冷たい眼差しで透のことを見つめた。
「可愛さ余って憎さ百倍ってね! どう足掻こうと俺達じゃ大原に勝てないからな」
「……ずっと……白雪……見てた……から……分かる」
会計と書記は悲しげな声で告げた。
「俺も、それは思った。透は俺たちが何をしても淡々としている。声をかけても、突っかかってみても、意地悪をしても、いつも同じ反応しか返ってこない。そんな透の表情を変えるのは、透が甘えて弱音を吐くのは、いつだって大原だった!」
駿平は泣き叫んだ。
「だったら心と体に俺たちを刻みつけてやる。永遠に忘れられない傷跡をな」
そう言って生徒会長は晴樹に殴りかかろうとする。
「会長、晴樹くんを殴らないでください! もういい、もう……いいよ……」
透は泣きながら晴樹の胸に手をつき、離れると雅由たちのほうへと歩を進めた。
「いいのかよ? 本当にそれでいいのか? 俺はおまえが傷つく姿を見たくねえよ」
晴樹は戸惑いの表情を浮かべ、透がこれから口にするであろう残酷な言葉をあくまで言わないように説得する。
ボロボロ涙をこぼして透は晴樹のほうへと振り返る。
「だって……もう、こうするしかないよ! 学園中がピリピリしているのも、親衛隊の過激派を止められないのも全部、僕の責任だ。顧問や委員長様、他の委員会の人たち、親衛隊の隊員、友達、一般生徒、先生にまで迷惑をかけてしまった。そのうえ、晴樹くんが傷つく姿を黙って見ているなんて、できないよ。そんなことをしたら、僕は僕自身を永遠に許せなくなる」
「本当に後悔しないんだな?」
晴樹が訊けば、透はこくりと頷いた。袖で乱暴に涙を拭い、生徒会長たちのことを見据える。
「観念したな白雪。俺たちに抱かれる決心がついたのか?」
彼らは嫌らしい笑みを浮かべ、欲の混じった目で透のことを舐めるように見た。飢えた獣たちは唾液を垂らし、早く食べたいと訴えている。
「僕はあなたたちのことを仲間として、尊敬する人として、友達として好きでした。――僕のことを恋愛対象として見ているのは、なんとなく感じていましたが、いつか僕と晴樹君の関係を認めてくれる。まえみたいに過ごせる日が来ると信じていたんです。でも、それももうやめます」
透は自分に触れようとした雅由の手をパシンと叩き落とす。
「あなたたちが今までやってきたことは校則違反となります。今、行おうとしている集団でに暴行は犯罪行為に等しいです。僕は生徒会補佐として風紀委員に弾劾し、あなたたちを退学させるように訴えます! あとは、お願いしますね。風紀委員長さま」
扉がバタンと大きな音を立てて開くと風紀委員、生徒会・風紀の顧問、警備員、透の親衛隊がぞろぞろとやってくる。風紀委員の幹部と警備員は転校生や生徒会長たちを次々に押さえ込み、親衛隊は透と晴樹を守るようにして二人を囲んだ。
「ただいまを持って生徒会補佐を除いた生徒会メンバー、転校生、一般生徒二名、英語教師をこの学園から追放する」
右に生徒会顧問、左に風紀顧問を連れた風紀委員長が声高らかに宣言する。
「いったい、どういうことですか!?」
慌てて副会長が叫んだ。
「『白雪くんと大原くん以外の集団が屋上へ向かう姿を見かけた』と、一般生徒から情報が入りました」
彼らを取り押さえている風紀委員の幹部たちが話し始めた。
「おまえたちが白雪さんに嫌がらせや暴行行為を行ってきたのを俺らが知らないとでも思ったか? 風紀を乱す問題行動が多く見られたので、悪いが転校生ともども、監視させてもらったよ」
それを聞いて一匹狼の不良と会計は言い訳をする。
「俺らは屋上に入っただけだろうが! なんで、てめぇらに押さえつけられなきゃいけねえんだよ!?」
「そうだよ! 俺たちは、たまたま駿平を追い掛けて、ここへ入っちゃったんだ! ちゃんとそのことを謝る。学園追放だなんて大げさだよ……」
『抵抗できないよう軽く殴ってから、みんなで犯した写真を撮るのとかよくねーか? なあ、会長様』
『ちょっと殴っちゃかわいそうでしょ。痛いことをしちゃ絶対に駄目だよ。でも……みんなからエッチなことされて『感じちゃう!』って絶望する白雪くんの顔は見たいなー』
どこからともなく、さっきまでの卑猥な会話が流れ出す。それを聞いて取り押さえられている彼らの顔色は紙のように白くなっていった。
『会長、晴樹君を殴らないでください! もういい、もう……いいよ……』
透の悲痛な叫び声があがるところで会話の記録が途絶える。
「どうして? ……という顔をしているな」
風紀委員長は校章のバッチによく似たものをポケットから取り出す。
「前回行った会議で、白雪と白雪に近しい者は、この小型盗聴器を持つことになった。彼本人や周辺人物に危害が加わるようなことがあった場合の物的証拠にするために配布された。盗聴器は電源を点けると自動的に音声が風紀委員の携帯アプリへ送られる仕組みになっている。さっきのは大原が送ってきた音声を再生したものだ。――おまえらが出席しなかった会議で話題となったことは二つ」
風紀委員長は透の方をチラリと見てニッと笑った。
「ひとつは学園内の問題で生徒会メンバー、一般生徒二名と英語教師、転校生の処罰についてだ。ほとんどの生徒、教師は重い処罰を望んでいた。リコール、停学、公開謝罪、親族の呼び出し、器物破損の弁償。そして学園の追放――退学を望む者が多くいた」
生徒会の連中は茫然自失し、他人ごとのように風紀委員長の話を聞く。
「この学園は同性愛を黙認しているが勉学を怠る者、割り当てられた仕事をサボる者、イジメ・レイプのような非道徳的な行為を行う者は厳しく処罰する決まりだ。過去に退学となり、親に悪行を知られて勘当された者は何十人、何百人といる」
辺りはシンと静まり返った。
「もうひとつは生徒会補佐について。白雪は生徒会メンバーや転校生たちから被害を受け、彼らのやってきた数々の校則違反を見ていながら処罰を軽くしてほしいと頭を下げたんだ」
生徒会メンバーを始めとした者たちは、皆、一斉にバッと頭を上げて透のことを見つめた。
「『彼らが、こうなってしまったのは自分の責任だ。彼らに罰を与えるなら僕にも罰を与えてくれ』と、土下座までしたんだ。委員会に集まった者は皆、プライドを捨ててまで謝罪するという誠意を認めたが、俺はおまえらを野放しにし、学園を存亡の危機にで追い詰めた白雪を許せなかった。彼に罪を償わせる為、生徒会の機能を存続させるために学園を卒業するまで生徒会を辞任できないこと、生徒会の仕事を放棄できない罰を与えた。そして賭けをすることにしたんだ」
風紀委員長は猫のように目を細める。
「誰も大事を起こすことなく今まで行ってきたことを反省し、改心したときは全校生徒への謝罪、生徒会の権限の剥奪、反省文を書くことと三日間の停学を経て学園復帰を許可する道。大事を起こし、白雪や、その他の生徒・教師に危害を加え、今まで行ってきたことを反省せずに心を改めなかった時は風紀が介入し、退学という処罰をさせる道」
そうしてさっきからしゃべっていた彼は疲れたと言わんばかりに、わざとらしくため息を吐く。
「まあ、結局、意味はなかったがな。集団暴行を受けるような一大事が起こることもなく、白雪自らがこいつらを風紀に引き渡すという結果に終わったのだから、よしとしよう。おまえたち、そいつらを連れていけ。たっぷりと事情やら、言い訳やらをを聞かせてもらおう」
彼は部下と警備員に命令すると屋上から、さっさと出て行った。生徒会長たちは警察官に補導されるかのごとく風紀の者たちには連れていかれる。
「透!」
大きな声を出して駿平は透のことを呼んだ。
「謝って済むことじゃないけど……ごめん、ごめんなさい」
彼はポロポロと涙を流して謝る。
透は屹然とした態度で駿平のことを見据える。
「きみが謝ることはないですよ。本来なら、それは僕のセリフです。だって、僕は何もしなかった。もっと、先に手を打っていれば違う未来があったかもしれないのに……だから恨むなら晴樹くんや委員長さまではなく、僕のことを――恨んでください」
駿平は泣きながら笑う。
「それはできない約束だぞ! だって俺たちが学園に迷惑をかけたことは事実だ。それに、透を恨むことは透に恋をした俺の心を否定することになる。だから恨まない。恨んだりできないよ」
バタンと扉が閉まった。
「……ねえ、今だけでいいから、ふたりっきりにしてくれないかな?」
今まで一言もしゃべらなかった晴樹は、その場に残っていた生徒会と風紀の顧問、透の親衛隊にお願いをする。生徒会と風紀の顧問は――「分かった。お前らの担任に伝えておく。あまり長居するなよ」と笑顔で出て行く。
親衛隊は――「透さまのことを、どうかよろしくお願いします」と綺麗なお辞儀をみんなですると静かに退出していった。
晴樹は透の冷たくなった手をそっと握った。
悲しげな様子で透は、晴樹にぽつりぽつりと話す。
「本当はね、ずっとあの人たちのことを信じていたかったんだ」
「うん、俺もおまえとおんなじ気持ちだ。いいライバルだと思ってたから信じたかったよ」
透は晴樹の肩に頭をコツンと乗せた。
授業の終わりを告げる鐘が鳴るまで二人は寄り添い、空を眺め続けた。嵐が過ぎ去った堀越学園に平和が戻り、生徒会補佐の白雪透と風紀の副委員長を務めた大原晴樹は堀越学園を救った伝説のカップルとして語り継がれた。
ふたりは学園を卒業したあとで外国へ飛び、正式に式を挙げた。
そこには、かつての生徒会メンバー、一匹狼の不良、爽やか君、イケメンホストの英語教師、転校生が泣き叫びながらふたりの初夜を邪魔しようとして追い掛け回す姿が見られたとか……もちろん客人として招かれた、元・風紀委員長とその幹部、透の親衛隊だった者、生徒会と風紀の顧問、警備員の人達がそれを全力で阻止したのだった。
(Happy End.)
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