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第一章 強引な勧誘
僕は、目立たない静かな高校生活を送っていた。何か特別なことがあるわけでもなく、淡々と日々が過ぎていく。それでいいと思っていたし、特に変わりたいとも思わない。朝、適当に教室に入り、適当に授業を受け、適当に昼休みを過ごす。そんな普通の日々だ。
でも、その普通は、突然壊される。
「瀬戸くん!」
唐突に大きな声で名前を呼ばれ、僕はびくっと肩を跳ね上げた。教室のドアの前に、にこにこと笑って立っているのは桐島美月。クラスの人気者で、明るくて誰とでもすぐに仲良くなるタイプの女の子だ。僕は彼女と話したことなどほとんどない。それなのに、なぜ?
「ちょっといいかな」
美月がにっこりと笑いながら近づいてくる。周りのクラスメイトたちがその様子を興味津々に見ているのがわかる。
「え、僕?」
「そう、瀬戸くんだよ」
なんだろう、嫌な予感しかしない
「ボードゲーム部に興味ある?」
「ない」
即答した。即答したのに、美月はまったく気にせずに続けた。
「今、部員が少なくて困ってるんだよね。だから、ぜひ瀬戸くんに来てほしいなって思って!」
「いや、僕、ゲームとかあんまり…」
「大丈夫!誰でも最初は初心者だし、すぐに慣れるよ!」
大丈夫じゃない。僕はゲームが苦手だし、そもそもボードゲームって…あれ、何するものだっけ?
「ちょっと来てみるだけでもいいんだよ!見学でも」
「いや、遠慮しとくよ」
「本当に?すごく楽しいよ!」
美月は諦める気配がまったくない。逆にこのしつこさが怖いくらいだ。
「ほら、ボードゲームってさ、いろんな戦略とか考えたりするのが面白いんだよ。それに、みんなでワイワイするのも楽しいし」
「うーん…」
「お昼休みにちょっとだけ覗きに来てくれない?見てくれるだけでいいから!」
ここまで食い下がられると、断るのが逆に難しい。僕は心の中でため息をつきながら、曖昧に頷いた。
「うん…まあ、見学だけなら…」
「やった!じゃあ、今日のお昼ね!」
美月は満足げに笑い、僕の机を軽く叩いて教室を出て行った。
何だったんだ、今のは。僕は机に肘をつき、ぼんやりと天井を見上げた。まさか、あんな形で強引に勧誘されるとは思わなかった。いや、これで終わるわけがない気がする。
昼休み。僕はなんとなく教室を出て、美月が言っていた「ボードゲーム部」の部室に向かった。どんな場所なのか、正直興味はなかったが、行かないと後が面倒そうだからだ。
「瀬戸くん、こっちこっち!」
部室の前で手を振って待っていた美月に捕まり、そのまま部室の中に連れ込まれた。中には数人の生徒がいて、みんな何かしらのゲームに集中していた。僕にはまったく意味がわからない光景だ。
「ほら、これがボードゲーム部!楽しいでしょ?」
「…そうだね」
適当に返事をして、僕は部屋の中を見渡した。壁にはいろんなボードゲームが並べられていて、知らないタイトルばかりが目に入る。
「まずは簡単なゲームから始めようか」
美月が笑顔で言うが、僕の心は全然乗り気じゃない。
「いや、今日は見学だけでいいかな」
「そう?でも、一度やってみるときっと面白いよ!」
「…いや、僕は本当に見学だけで」
「じゃあ、見学しながら説明するね!」
勝手に決められた。僕の意見は完全に無視されている。
美月はゲームを広げ、説明を始めたが、僕はそれが何を言っているのかほとんど理解できなかった。ただ駒を動かして何かするゲームらしいが、その「何か」がどうにも掴めない。
「ほら、この駒をここに置いて…」
美月が楽しそうに説明を続けている間、僕はただ頷くだけだった。どうやらこのゲーム、かなり複雑らしい。
「ね、楽しいでしょ?」
「う、うん…」
本当は全然楽しくないけど、美月の笑顔を見ると、正直なことを言う気力がなくなった。
「じゃあ、また明日も来てね!」
美月はにっこり笑い、僕の返事を待たずに次の指示を出した。どうやら、これで終わりじゃないらしい。
そして、僕はその後何度もこの部室に足を運ぶ羽目になるとは、この時まだ思っていなかった。
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