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「もういいや。ルールなんて覚えなくてもどうにかなるだろ」
僕はついに心の中でそう開き直ることにした。勝ちたい気持ちはあるにはあるけど、何度やっても同じことの繰り返し。美月の応援も、いくらありがたいとはいえ、プレッシャーにしかなっていない。どうせルールを完璧に理解しようとしたところで、僕には勝てないゲームなんだから、適当にやればいいだろう。そんなふうに自分を慰めつつ、いつものボードゲーム部の活動に参加した。
「今日はどうする?またサバイバルゲーム?」
美月が明るい声で問いかけてくる。その声に対して僕は軽く肩をすくめるだけだった。もはや、真剣に取り組む気力すら湧かない。どうせ勝てないんだし、適当にやって時間を潰せばいい。そう思いながら、僕は手元の駒を無作為に動かした。
「瀬戸くん、大丈夫?なんだか元気ないけど」
美月が心配そうに尋ねてくるが、僕は適当に笑ってごまかした。正直、元気がないわけじゃない。ただ、もう真剣に考えるのが面倒になっただけだ。美月の期待に応えられないことに落胆しているというよりも、勝てない自分に慣れてしまった感じだろうか。
ゲームは順調に進んでいた。いや、順調というのは美月や他の部員にとっての話であって、僕自身は何も考えずに駒を動かしているだけだ。戦略も何もなく、ただ目の前にある選択肢を適当に選んでいるだけ。その結果、当然のように僕のキャラクターはどんどん追い詰められていく。
「瀬戸くん、それ、本当にその動きでいいの?」
美月が不安そうに声をかけてくるが、僕は「まぁ、なんとかなるだろ」と笑って返した。本当はどうにもならないのは分かっていたけれど、もうこの際どうでもいい気分だった。
ただ、そんな僕の様子に対して、他の部員たちの視線が変わり始めたのは、この頃からだった。
「瀬戸、やる気ないのか?」
隣に座っていた男子部員の一人が、呆れたように言った。その冷ややかな視線が僕に向けられる。確かに、僕は今や完全に適当にゲームを進めている。だけど、彼らのように真剣に考える気力も、勝てる自信もない。だからこそ、適当にやって時間を潰すほうが楽だと思っていたんだ。
「いや、そんなことないけど…」
僕は苦笑いしながら返事をしたものの、内心では焦り始めていた。確かに、僕はこの部に所属している以上、真剣にゲームに取り組むべきなのかもしれない。でも、もう何度も負け続けてきた僕にとって、真剣に考えること自体が苦痛になっていた。
「そんなんじゃ、面白くないだろう」
別の部員もつぶやいた。その言葉が、妙に心に刺さった。彼らにとって、ゲームは真剣に取り組むものなんだろう。勝つことだけが目的ではなく、戦略を練ったり、相手との駆け引きを楽しむことが大切なのだ。でも、僕にはその楽しさがまだ分からない。
ゲームが進むにつれて、他の部員たちの視線がますます冷たくなっていくのを感じた。美月だけは相変わらず僕を応援してくれているが、僕が適当にプレイしていることに気づいているかどうかは分からない。彼女は「次はもっと考えよう」とか「まだ勝つチャンスはあるよ」と言ってくれるけれど、僕にはそれがただの空回りにしか思えなかった。
「なんで、こんなに真剣にやらなきゃいけないんだ?」
内心でそうつぶやきながら、僕は再び無作為にカードを引いた。結果、当然のごとく僕のキャラクターは危機的状況に追い込まれた。美月はまたしても「次の手をよく考えて!」と励ましてくれるが、その言葉がむしろ僕を焦らせた。
ゲームが終了し、またしても僕は敗北した。他の部員たちはため息をつき、無言でゲームの片付けを始める。僕も無言で駒を片付けながら、心の中でひっそりと反省していた。適当にやるのは確かに楽だったけれど、その結果として部員たちから冷ややかな目で見られるのは、思っていた以上に居心地が悪かった。
「瀬戸くん、次こそは勝てるよ!」
美月がいつも通りの明るい声で励ましてくれる。しかし、その声も今の僕には、ただのプレッシャーにしか感じられなかった。勝ちたいという気持ちがないわけではないけれど、それ以上に、彼女の期待に応えられないことが苦しくなってきていた。
「……うん、そうだね」
僕は曖昧な返事をしながら、心の中で焦燥感を募らせていた。ルールを理解しなくてもいいなんて、開き直ったことが間違いだったのかもしれない。他の部員たちの視線が冷たいのも、美月の期待に応えられないのも、すべては僕の態度に原因がある。
「次こそは、ちゃんとやろう」
そう自分に言い聞かせたが、その決意がどこまで続くかは、まだ自分でも分からなかった。
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