第一章 強引な勧誘

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その次の放課後、僕はいつも通り帰ろうとしていた。けれど、なぜか足が勝手にボードゲーム部の方へ向かっている。いや、向かっているというより、完全に引きずられている。 「ね、もう一度だけやろうよ!今日で最後って約束するから!」 またもや桐島が僕の腕を掴んで、笑顔で引っ張っている。昨日までの強引な勧誘が頭をよぎり、僕は内心ため息をついた。彼女の「今日で最後」は絶対に信じてはいけない言葉だと、既に気づいている。 「最後って本当に最後?」 「うん、ほんとほんと!」 彼女は大きく頷いているが、昨日も同じことを言っていた。けれど、僕は結局断りきれずにまたもや彼女について行くことになる。なんで僕がこんな目に…と思いながら、ボードゲーム部の部室に足を踏み入れた。 「瀬戸くん、今日こそ本気でやってみない?」 桐島が嬉しそうに言いながら、机の上に広げたボードゲームの箱を手に取る。どうやら今日のゲームは、昨日よりも少しだけ難易度が高いらしい。いや、それどころか、ルールが説明されるたびに僕の頭は混乱していく。 「今回はね、他のプレイヤーとの交渉が鍵になるんだ。資源をうまく交換しながら、自分の領土を広げていくんだよ」 「交渉って…どうやるんだ?」 「簡単だよ!相手に有利な条件を提示して、協力してもらうの。ほら、こうやって…」 桐島は自分の駒を指し示しながら、実際に交渉のやり方を見せてくれる。彼女のテンションに合わせるように、周りの部員たちも盛り上がっている。 「じゃあ、瀬戸くんもやってみて!」 「え、いや…」 正直、全くついていけていない僕にとって、このゲームは完全に未知の領域だ。交渉なんて、僕の日常生活ではほとんど縁のないものだし、そもそも駒の動かし方すらまだ曖昧なままだ。 「でもさ、瀬戸くんってそういう駆け引き、意外と得意そうだよね!」 「いや、そんなことないけど」 「うん、絶対にできると思う!試してみて!」 桐島の目はキラキラと輝いていて、僕に拒否権はない。どうやら彼女の中では、僕はすでに交渉の達人になっているらしい。仕方なく、僕は他のプレイヤーと交渉を始める。 「えっと…この資源を君にあげるから、こっちの領土を譲ってくれない?」 僕はぎこちなく提案してみた。しかし、返ってきたのは予想外の冷たい反応だった。 「いや、それはちょっと厳しいかな」 まさかの断られた。桐島の勧めに従ってやってみたものの、全然上手くいかない。それでも、桐島は諦める様子もなく、さらにアドバイスをくれる。 「もう少し強気に出た方がいいかも!自信を持って提案してみて!」 「自信って…そんな簡単に持てないよ」 でも、彼女は全く気にしていないようだ。僕の不安なんてどこ吹く風という感じで、笑顔で次々と提案を繰り出す。 「じゃあ、こうしよう!瀬戸くんが勝ったら、今度は私が全力で手伝ってあげる!それなら負けても楽しいでしょ?」 なんだか良く分からないけれど、彼女の勢いに巻き込まれて、僕は次々とゲームに没頭していった。そして、気づけばゲームの半ばを過ぎ、僕はなんとか形にはなってきていた。 「おお、瀬戸くん、すごいじゃん!順調に領土広げてる!」 桐島が目を輝かせながら僕を褒めてくれる。それが少し嬉しかったのも事実だ。僕はこのまま順調に進めば、もしかしたら勝てるんじゃないか、なんて淡い期待を抱き始めていた。 「…というわけで、最後の交渉に入るけど、どうする?」 ゲームが終盤に差し掛かり、僕は最後の決断を迫られていた。僕が勝てば、桐島の提案通り彼女が全力でサポートしてくれる。でも、もし負けたら… 「勝てば楽しいって言ってたよね?」 「うん!だから、ここで勝って入部しちゃおうよ!」 …え?入部? 「え、いや、僕まだ入部するつもりは…」 「でも、ほら、今日ここまで頑張ったし、このまま続けたらもっと楽しくなるよ!ね、入部しちゃおうよ!」 彼女はにっこりと微笑み、僕の返事を待っている。まさか、このゲームに勝ったら入部しなければならないというルールがあったとは知らなかった。いや、そんなルールは絶対にないはずだ。 「でも…」 「もう、ここまで来たら一緒にやるしかないでしょ?みんなも期待してるしさ!」 周りの部員たちも笑顔で僕を見つめている。これは完全に逃げられない状況だ。まさかこんな形で僕が入部することになるとは… 「…わかったよ、入部する」 そう言った瞬間、桐島が満面の笑みを浮かべて僕の手を握りしめた。 「やったー!これで瀬戸くんもボードゲーム部の一員だね!」 僕は完全に彼女に乗せられてしまったんだろう。だけど、なんだか少し悪くない気分になっている自分がいた。
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