第二章 連戦連敗の日々

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第二章 連戦連敗の日々

放課後、いつものように僕はボードゲーム部の部室に向かっていた。いや、正確には「向かわせられている」方が近い。美月がいつものように元気いっぱいに僕を引っ張っているのだ。 「今日はね、交渉がメインのゲームをやるよ!」 美月がウキウキとした声で説明する。彼女のテンションについていくのは、もう慣れてきた。が、交渉ってなんだ?ボードゲームの中で交渉があるなんて初めて聞いた。 「瀬戸くん、こういうゲームはね、相手と資源を交換したり協力しながら勝利を目指すんだよ。」 「はあ…」 正直、まったく興味が湧かない。前回の資源管理ゲームでも完全に混乱していた僕に、さらに交渉なんて要素を加えるなんて拷問に等しい。どうせまた負けるんだろうと思いつつも、いつものように美月に流されるまま椅子に座った。 机の上には、複雑そうなボードとカラフルな駒が並べられている。ルール説明はもちろん長い。そして、当然のごとく僕の頭は早々にパンクした。 「えっと、まずは資源を集めて、それを使って自分の領土を広げる。で、他のプレイヤーと交渉して、領土の取り合いをするわけか」 「そうそう!上手くいけば一気に勝利に近づくよ!」 美月の説明は相変わらず楽しそうだが、僕には全く響かない。交渉って、要するに人と話して何かを得るってことだよな?そんなの、僕の日常生活じゃ滅多にやらないし、しかも相手を説得するなんて僕には無理だ。 「じゃあ、瀬戸くんからスタート!」 ゲームが始まったが、僕は最初から途方に暮れていた。手元にある資源カードを見つめてみても、それが何に役立つのか全く分からない。何が重要で、何を捨てていいのか、判断のしようがない。適当にカードを出し、駒を動かす。それしかできなかった。 「おお、瀬戸くん、いい感じじゃん!」 美月は楽しそうに僕を応援しているが、内心では「何がいい感じなんだ?」と疑問しかない。全てが適当だし、僕の頭はすでに混乱の極みに達している。 ゲームが進むにつれて、他の部員たちが次々と僕に交渉を持ちかけてくる。 「瀬戸くん、この資源カードと君の木材を交換しない?」 「それなら、私と協力して彼を倒そうよ!」 僕はどう反応すればいいのか分からず、とりあえず頷いたり首を横に振ったりして、なんとかその場をやり過ごす。相手が何を考えているのか全く理解できないし、こちらもどう動けばいいのかまるで見当がつかない。 「交渉ってこんなに難しいのか…?」 ボードゲームって、もっと単純な駒の動かし方だけでいいと思っていた。チェスとかオセロみたいに、駒を進めて勝つか負けるか。それが僕の中の「ゲーム」のイメージだったのに、このボードゲーム部ではそういう単純なものは一度も見たことがない。 「瀬戸くん、それじゃ損してるよ!ちゃんと交渉しないと勝てないよ!」 美月が隣でアドバイスをくれるが、それが逆に僕にプレッシャーを与える。彼女の期待に応えたい気持ちもあるけど、正直、それどころじゃない。頭の中はパンク寸前だ。 「でも、どう交渉すればいいか分からないんだよ」 「簡単だよ!相手にとってもメリットのある提案をすればいいの。例えば、ここでこの資源を渡して、その代わりに彼に領土を譲ってもらうとか!」 美月はまるで簡単な計算問題のように説明してくれるが、僕にはその論理が全く理解できない。頭の中は混乱するばかりだ。 「うーん…とりあえずやってみるか」 そう言って、僕は隣の部員に資源カードを差し出した。 「これと君の領土を交換してくれないか?」 「いや、それはちょっと…」 当然のように断られた。交渉の駆け引きなんて、僕にはまだまだ遠い話だ。 ゲームは終盤に差し掛かり、僕の領土はあまり広がっていない。ほとんどが他の部員たちに奪われてしまっていた。美月は相変わらず楽しそうにプレイしているが、僕はもう疲れ果てていた。 「瀬戸くん、もう少し考えてみたら勝てるかもよ!」 美月が言ってくるが、それが逆に僕を焦らせる。「もう少し」ってどうすればいいんだ?頭の中では色々と考えてみるけど、どの選択肢も失敗しそうな気しかしない。 「…無理だ。僕には向いてない」 僕は半ば諦めの境地に達していた。これ以上やっても負ける未来しか見えないし、正直楽しさも感じられない。 「そんなことないよ!瀬戸くん、もうちょっと頑張れば絶対に楽しくなるよ!」 美月は笑顔で僕を励ましてくれる。その笑顔に少し救われた気分になりながらも、僕の中では「このゲーム、本当に楽しいのか?」という疑問が消えないままだった。 ゲームが終了し、僕は当然のように最下位だった。他の部員たちは楽しそうに結果を振り返り、笑い合っている。美月も同じように楽しんでいるが、僕だけがその輪に入れない気がしていた。 「でも、交渉はちょっと面白かったでしょ?」 美月がニコニコしながら言ってくる。僕はそれに対して微妙な表情を浮かべるしかなかった。 「まあ…少しはね」 それが精一杯の答えだった。
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