奇妙な千円札

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    「ひとり三千円、集めまーす!」  畳敷きの広い部屋に、私の声が響き渡る。  大学に入って一ヶ月以上が()ち、五月(なか)ばになった頃のクラスコンパだった。  中学や高校とは異なり、大学は選択科目が多く、クラス全員が同じ授業を受けるのは必修科目の語学くらい。クラス単位で行動する機会は少ないから、このコンパで初めて口をきいたクラスメートもいるほどだった。  そんな私がみんなからコンパ代を集金しているのは、幹事役の小川さんから「ノリコちゃんは真面目だから。お願いね!」と会計係に任命されたからだ。  参加した全員から三千円を集めて、お店の人に渡す。ただそれだけの仕事だった。  しかし三千円というのは、ある意味、微妙な金額かもしれない。例えばこれが五千円ならば、五枚の千円札でなく五千円札一枚を出す者も結構いるだろうし、四千円の場合でも、五千円札でおつりという者が出てくるだろう。  ところが三千円となれば五千円札でおつりではなく、ほとんどが千円札を三枚、私のところへ持ってくる。これでそのまま会計するとしたら、お店の人の前で改めて、千円札を何十枚も数えることになりそうだ。  それでは大変だから、なるべく大きなお札で支払った方が楽だろう。そう考えて、あらかじめ銀行から引き下ろして、一万円札を財布に何枚も入れてきていた。  実際に私の予想通り、大量の千円札が私の元に集まり、支払いでは用意してきた一万円札を全て使うことになった。  そうやって私が個人的に両替しながら会計する様子を見て、 「スムーズな支払い! やっぱりノリコちゃんに任せて正解だったわ」  満足げな表情の小川さんが、背中をパンパンと叩いてきたくらいだ。  ちょっと激しい叩き方だったけれど文句を言うほどではないし、私も悪い気はしなかったので、微笑み返しておいた。  そんなわけでクラスコンパの帰りには、私の財布は千円札でパンパンに膨れ上がっていたのだが……。    
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