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悪役令嬢、そして社畜へ
目の前に突きつけられた現実は、わたくしにとっては到底受け入れられないものだった。
公爵令嬢として次期国王となる第一王子の婚約者となり、王妃として相応しい人物になれるようにありとあらゆる努力をしていたはずだった。
それなのに、なぜこのわたくしがすべてを奪われて処刑台にのぼらなければいけないのか。
「わたくしのしていたことは、すべて無駄だったということですの……?」
わたくしは、婚約者であるフレッド王子のためにすべての努力を怠らずにやってきた。
隣国の情報、国内の貴族の情報、すべてを頭に叩き込んできた。
努力することでフレッド王子を支えることができる、そう信じて婚約者に内定した3歳の頃から18歳になるまでの15年努力を続けてきた。
それなのに、フレッド王子はこともあろうか庶民の女を王妃に迎えると言いだした。
わたくしはもちろん、我が公爵家も納得できずに王家にお伺いの手紙を出しただけ。
突然婚約破棄されることに納得できる理由が欲しかっただけなのに、手紙が王家に届いてから1週間後、我が公爵家の人間は処刑されることになった。
「ステラ様、まさかあなたが謀反を企てているなんてびっくりですぅ~」
勝ち誇った顔でわたくしを見下ろすのは、次期王妃の座を奪い取った庶民のアイシア。
どれだけ着飾っても育ちの悪さが出ているのだから、マナーなんて覚える気もないのだろう。
自分の恥が国の恥になることをこの馬鹿女も、馬鹿王子も、馬鹿な現国王と現王妃も分かっていないのだろうか。
(……結局、わたくしがしていたことは無駄だったってことなのね)
これまでの努力も、王子への愛情も。
これまで努力を続けていたわたくしへの仕打ちがこれならば、もういい。
「ふ、ふふふふ……」
処刑台にのぼった後、突然笑い始めたわたくしを周りの愚かな人間が怪訝そうに見ていた。
「もう、あなたたちなんかに未練なんてありません。あんな女を選んだことで、この王国の行く末は見えたも同然ですもの」
けらけらと笑いながら言うわたくしの姿はひどく滑稽だろう。
負け犬の遠吠えにしか見えないかもしれない。
だけど、泣いて命乞いをするなんてわたくしには耐えられなかった。
大好きだったお父様やお母様、わたくしに甘かったデールお兄様、やんちゃな弟カイン。
わたくしの家族を奪った相手に、自分だけ命乞いをするなんて死んだ方がマシだもの。
(……もしも人生をやり直すことができるなら、もうわたくしは我慢しませんわ)
きっとわたくしの最後は笑顔だっただろう。
泣いてたまるものか。
すがってたまるものか。
そんな気持ちで阿呆のようにけらけらと笑いながら最後の瞬間を迎えたのだから。
「……そのはずだったですけれどね」
目の前の簡素な姿見を見ながら、わたくしはため息をひとつ零した。
姿見に映るのは、わたくしであってわたくしではない人物。
正確に言えばわたくしが生まれ変わった姿とでも言うのだろうか。
それとも、誰かの身体に憑依でもしたのだろうか。
自分で命を断とうとして失敗したのか床には千切れたロープが転がっている。
その隣には椅子が転がっているから、きっとこの椅子を足場にしたのだろう。
「……悲山花子、24歳。亜苦斗苦会社で働いているOL」
今のわたくしに関する記憶を頭の中からすんなりと引きだせることは良かったと思う。
そうじゃなければ、自分の置かれている環境が違いすぎて生きていくことすらできないだろうから。
「いつも迷惑をかけてごめんなさい。お母さんお父さんごめんなさい」
テーブルの上には遺書と呼べるものが置かれている。
記憶を探ると、どうやら会社の連中にひどいイジメを受けていたらしい。
手柄は横取り、ミスは花子のせい。
そのおかげで上司からも印象が悪く、ほぼ毎日パワハラを受けている。
(……身体の持ち主の記憶があるのはいいわね。パワハラなんて言葉わたくし知らないもの)
この身体の持ち主が自ら死を選んだ理由は、数日前の大量誤発注が原因らしい。
同じ部署の人間が間違ったものを花子のせいにした。
『違います! 私はしていません!』
花子がどれだけ言っても誰も信じてくれなかった。
それはそうだろう。
これまで花子はさまざまなミスを押し付けられていたのだから。
傍目に見れば仕事のできない人間が大きなミスをした、それだけのことだ。
「……馬鹿ですわね、あなたが死んでも誰も悲しまなくてよ。むしろ喜ぶでしょうね」
鏡に映った花子の顔に触れる。
今の自分の姿ではあるけど、鏡の中の花子はひどく悲しんでいるように見えた。
「まさかこんな形で人生をやり直すことになるなんて思いませんでしたわ」
公爵令嬢だったわたくしが庶民、しかも底辺と呼べる人間として生まれ変わるなんて。
記憶の中を探っても、わたくしのことを知る人間はいない。
恐らくわたくしがいた世界とこの世界は別物なのだろう。
だったら、わたくしはここで自分らしく生きることができる。
「まずは、今のわたくしについて詳しく知る必要がありますわね」
ある程度の記憶はあるけれども、今の時代をそのまま生きていくことなどできない。悲山花子としての自分をしっかりと記憶しておかないといけない。
「……あなたには、きちんとお礼を致しますわ」
人の死を喜ぶなんて外道のすることだけど、悲山花子はわたくしにチャンスをくれた大恩ある人物。だから、わたくしは悲山花子の名誉をしっかりと取り戻そう。そして悲山花子に害をなしたものすべてに復讐をしよう。
(まぁ、復讐については若干八つ当たりも入っていますけれどね)
本来のわたくしが復讐をする相手はこの世界にはいない。どれだけ復讐をしたくてもかなわない。だから、悲山花子の復讐を利用させてもらおう。
「あなたを利用するようでごめんなさいね? だけどあなたの復讐をしたいっていうのも本音」
鏡に映る悲山花子に触れながら、ポツリと呟く。
「さぁ、これからがわたくしの第二の人生の始まりですわ」
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