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#2 鷲宮将生と死の舞踏
「ちょうど良かった、入ってよ」
将生に優しく手を引かれ、僕は将生の部屋に入る。
部屋は全く同じ造りなので、玄関を入るとすぐダイニングだ。
僕はダイニングテーブルとチェアだが、将生はソファーとにローテーブルを置いている。
そして奥にある2つの扉は、右が寝室で左が防音室。
「バイオリンとバッグ、ソファーに置いて」
そう言って将生は防音室の中へ入って行く。
僕も後に続くと、壁際にあるエレクトリックピアノ(エレピ)に座らされた。
「え?」
そして将生は、前にここに入った時には無かったスピーカーみたいな機材にギターのラインをつなげ、良く知るメロディーを電子音で響き渡らせる。
サン=サーンス作曲の死の舞踏。
それは、将生が大好きで、バイオリンでしょっちゅう弾いている曲だ。
ハロウィンの日の真夜中、死神により呼び起こされた骸骨たちが墓場から出て来て、雄鶏が鳴く夜明けまで踊り続ける、年に一度開かれる不気味な舞踏会の曲。
ダークファンタジーな世界観を不協和音のワルツが表現している、とても有名な曲。
それを将生はギターで弾いている。
将生がギターを弾く姿は初めて見る。
驚きすぎて声が出ない僕は、固まったまま将生を見ている。
そして何秒かして、将生と目が合った。
「有朋も弾いてよ」
「え?」
「鍵盤。お前なら楽譜なくてもいけるだろ?」
「えぇ!?」
突然の事なのに、条件反射でエレピに向かうと、僕は伴奏を始める。
この曲はバイオリンのピアノ伴奏付きの楽譜が出版されており、僕は副科ピアノでこのピアノ伴奏を練習していたのを将生は知っていた。
漫画でも小説でもアニメでも、イケメンとダークファンタジーの組み合わせは最高で、それは音楽でも当てはまる。
骸骨たちのオーケストラの中、ただ一人人間の姿をしたタキシード姿の将生が、ステージ中央でバイオリンソロをキメッキメで弾く。
この演奏会を何度妄想したか分からないが、常に将生はカッコ良かった。
だから僕もこの曲に興味が湧き、バイオリンでは将生以上の演奏は到底無理なのでピアノ伴奏を選んだ。
伴奏を学ぶことでバイオリンの演奏技術向上の一助になるだろうし、将生ともいつかセッション出来るかも、という気持ちもあった。
それがまさか、ギターの将生とセッションするとは。
何とか合わせようと必死で鍵盤を叩くが、やはりミスタッチも多ければテンポも合わない。
元々がめちゃくちゃ難易度が高い曲なので、おぼつかないギターとピアノ同士では、どんなに頑張ってもそれなりの演奏にしかならない。
約5分後、別の意味で「死の舞踏」となった初セッションが終わった。
「あー、くっそ! いっぱい間違えた!」
将生は悔しそうに天を見上げる。
「それは僕も一緒だよ。ごめん。上手く合わせれなくて」
肉体的疲労と精神的疲労からくる大量の汗が体中を流れる。
生憎ハンドタオルはバッグの中なので、仕方なくTシャツの袖で顔の汗だけをぬぐっていると、将生の声がする。
「よし有朋。もう1回いくぞ」
慌てて僕は胸の前で腕をクロスさせバッテンを作り、もう弾かないよと伝えるが、お構いなしに将生の指は止まらない。
「間違いなら気にしなくていいよ。楽譜も無いんだし」
骸骨なら雄鳥の鳴き声で舞踏会を閉じるが、ノリノリの将生は僕の一声では止まらない。
僕は将生を無視してエレピを片づけ始めながら、もう一度将生に伝える。
「弾かないから。もう10時過ぎなんだから大学間に合わないよ。時間! 服! 確認してよ」
「服?」
うつむいた将生が、驚いた声を上げる。
「うっわ、まじかよ。なんでマッパなんだ、俺」
将生も演奏を止め、アンプからラインを抜きギターを片づけ始める。
それはこっちのセリフだよ、と思いながらその後ろ姿を見ると、左肩の皮が擦れて真っ赤になっていた。
「将生、肩。すっごく痛そうなんだけど大丈夫?」
「肩? うっわ、なんだこれ。やっば」
どう見ても肩ベルトが擦れての傷だ。
それなのに今気付いたというその驚きぶりに、将生の集中力のすごさが垣間見える。
「一応参考までに聞くけど、どれくらい練習してたの?」
「んーと、昨日の12時過ぎからだから、10時間くらい?」
「10時間!? え、一晩中弾いてたの? ずっと裸で?」
「まぁそんな感じ。こないだギターを知り合いにもらってさ、ライブも出ることにしたから練習したくなって」
「ライブ?」
「そう、ライブ」
片付けを終えた将生は、シャワーを浴びに防音室を出て行った。
え、ライブ!?
ダイニングのソファーに座って将生を待っていると、脳みそと体が疲れているのを感じた。
将生の部屋を訪れてまだ20分足らずなのに、情報量の多さに思考が追い付かない。
今日はこれから一日が始まるというのに。
風呂場からシャワー音と共に、痛てーという小さな悲鳴が聞こえてくる。
少しして、腰にバスタオルを巻いただけの将生が戻って来た。
「有朋、これ貼って」
将生は箱のまま絆創膏僕に渡すと、隣に座って背を向ける。
「将生、あと10分くらいで支度しないとギリギリだよ」
「大丈夫。貼ったらすぐ行く」
「これ、今日の練習大丈夫? バイオリン構えれる?」
「ヤバかったら先生に相談する」
だからいつも練習は計画的にって言ってるのに。
その言葉が出そうになったが、背中越しから見える将生の横顔から、言うのを止めた。
目の前には、小さくて形が良い将生の後頭部がある。
その後頭部から続く細くて長いうなじと、続く肩甲骨のラインは芸術的に美しい。
小さくきれいな卵型の顔に、バランスよく配置された目と鼻と口も、それぞれ主張は少ないが色気があって整っている。
どこに出しても満場一致でハイグレードと評価されるだろう、その美しい将生の体に傷をつけることは、何人たりとも許されない。
将生の姿からは、そんな神々しさを感じてしまう。
「ところで何か用だった?」
ふいの将生の一言で、ここに来た本題を思い出す。
「こないだ貸した楽譜だよ。今日の2限で使うから返してくて何回か連絡したんだけど、将生のスマホがつながらないから取りに来たんだ」
「あ、だよな。ごめんごめん」
将生は寝室から楽譜を2冊持ってきた。
僕は自分の名前が書かれた方を取り、もう1冊はテーブルに置く。
「ボウイング、サンキューな。助かったよ。こういう時コンマスが同じマンションって便利だな」
将生は肩を気にしながらトレーナーを着る。
「じゃぁコンマスからのお願いだよ。もう10月なんだし練習する時は服を着てよ、体冷えちゃうから」
「服はいつもはちゃんと着てるけど、昨日は渚が居たからたまたまさ」
「渚? ……って、歌科の小宮山渚さん?」
「そう」
「じゃぁ服を着てなかったのは」
「最中だったから」
また大きな爆弾が落ちてきた。
「たけど12時になったら急にAとE♭(死の舞踏の冒頭部分)が頭の中で鳴っちゃってさ、気付いたらギター弾いてたわ。昨日ライブに出るのが決まったせいかな」
「え、じゃぁ、小宮山さんはどうしたの? 居ないよね?」
「そう言えばそうだな。帰ったのかな」
「帰った? 夜中に一人で?」
「じゃねーの。俺は帰れなんて言ってないからあいつが帰りたくて帰ったんだろ。そもそもいきなり来たのもあっちだし、別に気にすることないじゃん。よし、行くぞ。途中でコンビニ寄らせて」
そう言うと、将生はバイオリンを持ってさっさと玄関へ向かう。
親友の僕は分っている。
将生に悪気はない。
与えられた音楽の才能とビジュアルによって作り上げられた鷲宮将生という男に、女性達が寄って来るだけの話だ。
僕もバイオリンとバッグを持ち、玄関へ向かう。
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