二人だけのパーティー *

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二人だけのパーティー *

 最近までイオリーは知らなかったのだが、自分たちが過ごす寮の建物は三年間同じで、今年の一年生は、卒業した三年生が使っていた寮塔が使われるそうだ。つまりイオリーは卒業まで一階の物置部屋だ。  オルフェが手を入れてくれたお陰で、誰よりも過ごしやすい部屋になっているが、気を抜くと、すぐに本や魔法薬の調合道具で散らかしてしまう。オルフェが訪ねてきたとき、毎度「片付けろ」と叱られるのが、恒例行事のようになっていた。  イオリーが自室に帰ってくると、いつも部屋の窓辺でオルフェが猫のルーナと本を読んで待っていた。  誓約魔法で繋がっているので、一緒にいなくても、オルフェはイオリーの身体の変化がすぐに分かる。それなのに宝物の無事を確認するように、毎日、イオリーの亜麻色の猫っ毛を手ですき、髪に口づけてくれる。  このキスに挨拶以上の特別な意味なんてない。  現にオルフェは、イオリーの同居猫のルーナにも同じキスをする。ルーナは同居人のイオリーよりもオルフェにメロメロで、魔法を使って会話しなくても、上機嫌なのが手に取るように分かった。その甘える姿は、時々自分の願望と重なった。  猫と同じキスだと分かっていても、夜のこの時間がイオリーは大好きだった。  だが今日は、イオリーが予想していた通り、寮の自分の部屋にオルフェの姿はない。けれどパーティーに行っているはずなのに、オルフェが塔の中にいる気配を感じた。 (もしかして、まだ、自分の部屋にいるのかな?)  しばらく繋がりを通してオルフェを観察していたが、その気配は塔から一向に動く様子がなかった。  何かあったのだろうかと気になって、イオリーは上階に続く階段を上がった。毎日オルフェがイオリーの部屋にやってくるので、自分がオルフェの部屋に行くことはあまりない。だから彼の部屋に向かうのは久しぶりだった。  どの階も静まり返っているのは、他の生徒たちもパーティーに行っているからだろう。  七階の一番奥にある部屋の前に立ち、扉をノックをしてみたが中から返事はなかった。  けれど、やはり、オルフェの気配が近くにある。  ふと、オルフェの部屋の横にある扉が開いているのに気づいた。それは屋上に続く階段で、普段は寮督生が施錠している。鍵を開けたとすればオルフェだ。  開いた扉に誘われるようにイオリーは屋上に上がった。  学校の外はセラフェンの王都が見える、運河の広がる近代魔法都市だが、実際に建物がある場所は、北の深い森の中だ。澄んだ空気の中から見上げる雄大な星空は、自分の村を思い出す。  視線を巡らせたが、円形の石畳が広がる屋上にオルフェの姿はない。帰ろうと思って視線を下に向けたときだった。イオリーが立っている入口の横。石壁に背を預けているオルフェを見つけた。  青のドレスコートに身を包んだオルフェは、イオリーの顔を見ると柔和な笑みを浮かべる。 「あ、いた。オル、パーティー行かなかったのか?」  なんだか子供のかくれんぼみたいに感じた。  服はパーティーの服に着替えているから、行くつもりはあったのだろう。具合でも悪いのかと思いイオリーは、その場に膝をついてオルフェの表情を観察した。イオリーにだけ見せる、少しの不機嫌さは健康な証拠だろう。 「あぁ。部屋にいると……クラスメイトに連れていかれるから、隠れている」 「それで、こんなところにいたのか。人気者は大変だな、結構なことじゃないか」 「面倒なだけだ」 「らしくないな。いつもなら、貴族として当然って顔してパーティーに行くのにさ」 「たまには、いいだろう。疲れたんだ。少し」 「一緒に行こうか? 話し相手にはなるし寄りかかる壁にもなるよ。気になる女の子がいれば、他の面倒な相手は俺が引き受けよう」  そうおどけるように言ったイオリーに、オルフェは小さく息をこぼす。疲れているのは本当のようだった。 「変わったな、イオリー」 「そうか? オルフェを見習ったんだ褒めてよ。トレニア先生は、褒めてくれたよ? ちょっとは貴族らしい振る舞いができているそうだ」  遠くからワルツの優雅な音色が聴こえてくる。トレニア先生が言っていた通り講堂でダンスパーティーが始まっているのだろう。今からでもオルフェを連れて講堂に行った方がいい。  そうするのがイオリーのすべきことだ。  パーティーでオルフェが気に入る子が見つかれば、と本当に心からそう思っている。彼のためなら永遠に囚われてしまう媚薬だって作る。  魔法貴族としての処世術を学んだ。本音を隠して、自分の思い通りにことを進める。そうすれば傷つかないで済むから。欲しいものが手に入るから。 (あれ、俺の欲しいものって、何だろう)  本当に近い将来、自分は傷つかないのだろうか。どうしたって傷つく。それならば、いっそのことと考えてしまう。トレニア先生があんなことを言ったからだ。  イオリーだって、お年頃で、好きな人が四六時中隣にいて、何も思わないはずがない。オルフェが、どんなに自分の魔力を欲しているか、首にかかった魔力で気づいてしまう。それが愛だと誤解したまま求められたくなる。 「イオリーが行きたいなら、今からでも講堂に行くが」  いつもは毅然とした誰も寄せ付けない、貴族らしい男なのに昔の面影が見えた。だから甘えたくなる。 「いや、俺は……」  違う、そうじゃない。今、イオリーが言うべき言葉は決まっている。オルフェが、どんな悲しい目をしても「アルメリア様、公爵家の者として、パーティーには参加すべきだ」と進言するべきだ。  そう言って彼が女生徒たちの前で優しく微笑むのを、壁で見守っているのが自分がすべきことだ。  こんな場所でオルフェを独り占めしてはいけない。  トレニア先生に言われて、心が揺らいでしまった。後悔するかもしれない。何も伝えないまま、卒業してオルフェとの繋がりが消えれば、自分の存在は忘れられてしまう。  ()()()()()()()。 (嫌だ、忘れられたく、ない)  この一年間、何度も忘れようと努力してきた。どうやらイオリーもオルフェと同じで疲れているようだ。  本当のイオリーは、わがままで、もっと自分に正直だ。 「それにしても、イオリーどうした? いつもなら、まだ図書館にいる時間だろう。君が、ここに来たとしても、もう少し後だと思っていた」  今夜だけは、と止められなかった。優しい丸い月と星空の下、少しだけ幼く見えたオルフェに引きずられるようにして、自分も無邪気な子供に戻っている。 「オルフェに……早く、会いたくて」 「そう、私も、イオリーに会いたくて、ここで待っていた。ここにいれば探しに来てくれると思った」 「本当、らしくないな、子供みたいなことして」 「お前もだろう、まぁ、たまには、いいかな」  イオリーはオルフェの隣に座り、同じように壁に背を預けた。そして今日、一番にオルフェに言いたかったことを伝えていた。 「そうそう、オルフェ、今日さ、新しい魔法が完成したんだ。だから、お前に一番に見て欲しかったんだ」 「へぇ、どんな?」  自分の記憶の中だけにある白い花畑を、オルフェにも知って欲しい。そして、彼にも忘れないでいて欲しいと思った。 「前に言っただろう。花を蘇らせる魔法って、俺の、ひいばあちゃんが作った魔法は、古代魔法で作られたものだけど、これは、この一年、学校で学んだ近代魔法のコードで再現したんだ」 「やっぱり、君は優秀だな。近代魔法でも変わらず結果を出している」 「頑張ったからね」  イオリーはローブのポケットから杖を取り出し、図書館で魔法を書き記した羊皮紙を手のひらで広げる。そして、杖でコードをなどった。すると、頭上の白い月からキラキラと光の粒が集まってくる。次の瞬間、屋上は、一面の花畑に変わった。 「どうだ、すごいだろう? ひいばあちゃんほどじゃないけど、ちゃんと触れられる魔法だ」 「……へぇ、これが、本当の月見草、か。私が知っている待宵草の花と同じ形なんだな」  オルフェは目を見張り一面の花畑を見つめている。 「オルフェに、こっちの月見草も見て欲しかったんだ。この花も同じで綺麗だろ?」  イオリーは魔法で作った白い花を手のひらに乗せてオルフェの目の前で見せた。 「うん、綺麗だ。イオリー、一番に見せてくれてありがとう」  魔法が褒められているのに勘違いしそうになる。オルフェの青い瞳に見つめられると、特別な好意を伝えられているみたいに感じて、自然と頬が朱に染まった。 「そ、それにしても、オルフェ、パーティー苦手なのか? オールトンでは、いつも行ってたんだろう」  恥ずかしさを隠すように咳払いをして、イオリーは慌てて話題を変えた。このままだと、自分が一番愛されていると勘違いしそうになる。期間限定の恋に傷つくのは自分なのに、それでもいいと手を取りたくなる。 「まぁ、強引に父に連れていかれたからね」  オルフェは面倒臭そうに肩をすくめた。あまり楽しい思い出がなかったのだろうか。 「もしかしてダンスが苦手とか」 「いや、そんなことはないよ」 「えー本当かなぁ? 足踏んだりして女の子に怒られたんだろ」  なんだか楽しくなって、からかうようにオルフェの顔を覗き込んだ。すると、オルフェは急に口端を上げて得意げに微笑む。 「では、私と踊りますか? イオリー・オーキッド」 「え、踊るって、今からパーティーに行くのか?」 「いや、ここで」  オルフェは、そう言って立ち上がると、イオリーの前に膝をつき、右手を差し出した。 「え、オル?」 「おや、イオリーは、ダンスに誘われたときの、淑女のマナーも知らない?」 「いや、淑女って、俺は」 「それとも、私とは踊れないの?」  甘えるように、それでいて、押し付けがましくない。社交界でのオルフェの姿が目に浮かんだ。 「そんなこと、ないよ」 「良かった」  気づいた時にはオルフェの右手を取り、塔の屋上でワルツを踊っていた。イオリーが魔法で作り出した幻想の白い花畑。本当は、この場所に花は一輪も咲いていない。けれど、イオリーとオルフェが、回りながらステップを踏むたび、光の粒と共に白い花弁が二人の周りを舞った。 「何だ、面白く無いな。ちゃんと踊れるじゃないか、イオリー」  耳元で、鼓膜をくすぐるような声で囁かれる。 「お、オルフェもな、これでも、最低限は勉強したよ。お前ほどじゃないけど」 「当然。私は、うんざりするほど、仕込まれたんだ」 「それは、大変だな」 「……あぁ、大変なんだ」  外した視線の端で、ニヤリ、と隙のない美貌に微笑まれて、胸が苦しくなる。心臓が壊れそうだった。女性パートを踊っているイオリーは、回転に合わせて、紺色のローブの裾がドレスのようにふわりと広がった。  自分たちがステップを踏む音と、遠くから風に乗って聴こえてくる甘いワルツの音色。誰にも邪魔されない、静かな夜だと思った。  ここには、自分とオルフェしかいない。――だから。 「オル……なんか、すっごい、楽しくて、ドキドキして、苦しいよ」  それが合図だった。 「私も、苦しいな。イオリー」  二人の頭の上で手を組み、その場でターンして戻ってくる。時が止まったと感じた。  正面からオルフェの真摯な瞳に見つめられる。  ワルツの音楽が止まり、その場で聴こえるのは自分の鼓動だけだった。月光を背にしたオルフェの妖艶な表情に、四肢を囚われていた。 「……ごめん。オル、溢れて、苦しいから。慣れない近代魔法使って、酔ったのかな」  次の瞬間、硬い石畳を背にして、オルフェに組み敷かれていた。 「……イオリー、私は」  オルフェのその先に続く言葉を奪うように、イオリーは救いを求めた。 「ねぇ、お願い。早く、助けてよ、オル。つらい、よ」  たどたどしい、掠れた声でオルフェを呼ぶ。  オルフェは罪悪感なんて抱かなくていい。魔力で誘って、望んだのは自分だから。  浅ましいな。そう思いながらも、イオリーの溢れる魔力でオルフェが頬を染めるのがたまらなく愛しかった。  もっと早く、こうすれば良かった。だって、この時間だけは、オルフェを独り占めできる。  ――欲しい、よな。分かってる。今日だけ、だから。  そっと、魔力を唇から吸われる。頭の芯がとろけるようだった。 「いいよ、オルフェ、この身体は全部、お前の、だよ」  イオリーは、あの夜、オルフェに激しく求められた夜が忘れられなかった。誓約の魔法で繋がった今、イオリーの溜まった欲は、全てオルフェに伝わっている。  ご馳走が同じ場所にあるのに、オルフェは決して、イオリーを求めない。言われなくても分かっている。オルフェはイオリーに魔力を求める行為を、罪で恥だと感じている。  アルメリア家の者として、ひざまづき、イオリーに魔力を乞い願うなど、あってはならない。  同じ塔で暮らし、挨拶のような口づけは何度も交わすのに、それ以上はしない。  一人、ベッドで溢れる欲を手で慰めるたび、この場にオルフェが来てくれたらと、何度も願った。その時間、同じように彼がベッドで一人慰めていると、イオリーも知っている。  お互いがお互いを欲しがっているのに、決して求め合えない。  初めてオルフェに手ほどきされてから、何度も、何度も、オルフェに抱かれる夢を見た。 「ッ、あ……オル、んんっ」 「イオリー……イオリー」 「ッ、ぁ、ふぁ」  唾液が口端を伝い溢れるほどの激しい口づけを交わす。その合間に、片手でイオリーの制服のシャツの前を開け、胸の尖りを指先で擦る。  オルフェに触れられると、胸に鋭い快感が走り、そこは赤くなって芯を持った。イオリーは、その小さな乳首が快感に繋がっているのだと知った。慎ましく尖り期待に震えるその部分に、オルフェは、そっと顔を寄せ何度も舌を這わせる。 「ッ、ああっ……ぁぁ」  オルフェの慣れた舌の動きと表情に、知らない女性の胸を愛撫する姿が浮かび、悔しくてオルフェの背に手を回した。同時に、女の人みたいに胸で気持ち良くなるいやらしい自分の身体で興奮していた。もっと、オルフェに欲しがって欲しくて、欲深い身体をオルフェに擦り付けた。 「ここ、気持ちいいの? イオリー」  ちゅ、と音を立てて乳首を吸われる。 「んっ、オル、オル、気持ちいいよ、どうしよう、こんな、ごめんなさい。俺」 「大丈夫だよ、イオリー。全部、私が受け止めるから。……だから、もっと乱れたっていい」  イオリーが喘ぎ悦ぶと、オルフェはそれに応えるように尖りを口で吸った。胸の刺激は下腹まで届き、イオリーの下の衣服を持ち上げる。オルフェは服の上からそこを撫で優しく育ててくれた。そのオルフェのしなやかな手の動きに、イオリーは猫の子のように鳴いて甘えてしまう。 「ッ、ぁ、きもちいいよ、オルフェ……んっ、んんんっ」 「よかった、イオリーが気持ちいいと、私も嬉しいよ」 「んんんっ」  たまらない快楽に、むずかるように身体をよじれば、オルフェは額に、頬に口付けてあやしてくれる。オルフェはイオリーが求めるまま、繰り返し甘い刺激を送ってくれた。 「っ、んっ、オルぅ……」 「イオリー、先に進んでもいい?」 「ッ、もっと、欲しがって、いいよ、俺を」 「あぁ、ありがとう、イオリー」  オルフェになら何をされたっていい、イオリーは端から彼を拒絶する選択肢なんてなかった。  彼を魔力で惑わす己の姿を悪魔のようだと感じる。けれど溢れだした欲は抑えられなかった。オルフェはイオリーの性器を下着から取り出すと、同じように自身の興奮をイオリーの前に晒した。  初めて見たオルフェの興奮の証に喉が鳴った。  自分以上に熱を持つ大きな猛りを、オルフェはイオリーの欲蜜に濡れた熱芯と束ねて何度も擦った。  オルフェが求めるまま、イオリーは何度も上まで達してしまう。 「ぁ、ああっ、ああ、オル、あっあああっ!」 「ッ、イオリー」 「ぁ……はぁ……ぁ……オル……俺……」 「イオリー……」  イオリーが腹部にこぼした白濁に、オルフェは、そっと口付ける。 「ねぇ、オル……おいしい? 俺の魔力」 「あぁ、イオリー」  魔力でオルフェを惑わせた。  こんな行為は間違っている。分かっているのに、イオリーは、オルフェに忘れられたくない思いで、月夜の下、何度も彼を求めていた。
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