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■■■ 0. 伴侶
*
――その日、イオリーは、オルフェの手を取る以外の選択肢がなかった。
「アルメリア様の花嫁が、イオリー? 嘘でしょう」
「だって、昨日イオリーは、牢獄行きが決まったじゃない!」
「あの、田舎の没落貴族が?」
「――きっと、あいつの魔力目当てだろう」
イオリーを侮蔑する生徒の言葉は、全て遠い。
オルフェの求めの声だけが、イオリーの鼓膜を優しく震わせた。
大聖堂の身廊部分にいる生徒たちは、演壇に立つオルフェの視線の先を探した。その少しあと、後方の木扉の前にいるイオリーに鋭い視線が一斉に注がれる。
今日、イオリーは親友のオルフェ・アルメリアの卒業生代表の挨拶を聞いてから、その足で牢獄へ行くつもりだった。
最後に彼の勇姿を、この目に焼き付けておきたかった。きっと近い将来忘れてしまう、それでも、彼との楽しかった学園生活の思い出を、一つでも多く欲しかった。
今、イオリーの両隣には屈強な牢獄の看守と見送りに来た保健医のレイモンド先生が立っている。
壇上のオルフェは黒いローブを纏い、肩に学章と学位が入った布をかけていた。
癖のない艶やかな黒髪と、彼の生家近くにある海のように透き通った青い瞳。あまり笑わない薄い唇。外向きの近寄り難い冷たい空気は、この聖堂に似合いの高貴さを漂わせていた。
それに対して自分は、この式典にふさわしくない簡素な立ち襟の白シャツと灰色のスラックスで、タイも結んでいない。
己の運命を呪い、夜通し泣いていた目は赤く充血しているし、細い茶色の猫っ毛は洗いざらしのまま。箒みたいにところどころ跳ねている。
挨拶が終わったオルフェは、壇上から正面の階段を降りると生徒たちの間を縫ってイオリーの元へ向かってくる。
次第に生徒の声は静まり、オルフェの一挙一動に注目が集まっていった。石畳を歩く革靴の音が広い空間にこだまし、天井近くのステンドグラスの光が、オルフェの足元を七色に照らしていた。
イオリーの正面で立ち止まったオルフェは、ローブをばさりとはためかし地面に片膝をつく。
イオリーだけが知っている彼の、彼だけの、貴族が負う義務と責任に傷つき、傷ついている子供みたいな自分が、この上なく腹立たしかった。
あぁ、三年前に戻りたい、違う、何も知らなかった、九年前だ。
「昨日約束した通りだ。イオリー、伴侶として私と共に王宮へ来て欲しい」
「オルフェ、俺」
オルフェがイオリーの両手首に触れると、枷はバラバラと形をなくし地面に落ちた。硬質な金属音が式典会場の聖堂に響き渡る。
――牢獄へ送られることが決まった十八歳の春。
イオリーは魔法騎士、オルフェ・アルメリアの伴侶として、王宮入りが決まった。
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