猫の旅館

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「ダンナは、独り身どすか」 「突然なんだい」 「いや、最近女房と、うもういってへんのどす。話しかけても、見向きもしいひん」  猫にも事情があるのだなと思った。 「君が何かしたんだろう」 「特に見覚えはあらへんのどすけどなァ…」 「その酒のせいじゃないか?君、普段も飲んでいるんだろう」 「いえいえ。わしは客人としか飲ましまへんで。一人酒、どうも苦手で」  猫はぼりぼり頭を掻いた。 「奥さんと飲まないのか」 「女房は飲まへんのどすえ」 「そうか…」  私は顎に手を当て、暫時考えていたが、何も思い浮かばなかった。 「そういうたら、猫の国とやらに行ってみたんどすえ」 「猫の国…?」  私がそう問いかけると、猫は杯を置いて 「そらもうぎょうさんの猫がいてはった。さすが猫の国や思た」  と言った。 「私も行ってみたい」  私はそう言った。夢の中は、おかしなことをいくらでも言って良いのだなと思った。 「ダンナ、わしもって言うたって、あんた猫とちがうちゃうん。そう簡単には猫の国には行けへんで」  猫は顔をしかめて言った。 「そ、そうか」  私はやっと日本酒に口を付けた。 「まあええわァ。猫の国では、あのおっきな温泉良かったなア」 「猫は水が嫌いじゃないのか」 「猫の国の温泉は一味ちゃうんやわァ。あの温泉やったら、猫誰でも入れる思うで」 「不思議だなあ…」 「ほんまに不思議どすなァ…」  私たちは、満月を見上げた。 「もし、わしの女房に会うたら、よろしゅうと伝えなはれ」  猫は静かに言った。 「私は、君の奥さんに会ったことないよ」 「次期、出会う思うで」  猫は少し寂しそうな顔をして言った。 「分かったよ」  私は猫の奥さんの特徴を聞き出しておけば良かったと、今更思った。
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