惹かれあって幻

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「婚約を、破棄して欲しいの。」 結婚を約束した恋人がいた。両親からはその恋人との婚約に反対されていた。駆け落ち同然だった。でも幸せだった。互いに愛し合っていると思っていたから。 でも、その幸せは一瞬で崩れた。 「ごめん、俺とこいつ、付き合ってたんだ。」 親友にその恋人を略奪された。 1番信頼していた人間だった。 駆け落ち同然で恋人と婚約した俺は、家族もおらず、親友にも裏切られ、もう頼れる人などいなかった。 浅井二那(あさい にな)。26歳。 現在はストレスによる体調不良で休職している。 親友に婚約者を略奪されてから、恐らく見えてはいけないものが見えるようになってしまっていた。 「二那、夕飯できたぞ。」 「おー、ありがとう。」 顔に白い包帯をグルグルに巻き付けた、化け物のようなもの。 化け物……にしては、会話もできるし、食事もしてる。 この化け物は、過去の自分で意識が形成されているらしい。『パスト』という名称だと、こいつから聞いた。 全人類に『パスト』は居るらしい。ただ、普通の人なら『パスト』は見えない。それが何故か、今の俺には見えている。 「ミナ、そんなに食うのか?」 「そりゃあそうだろ。高校生だぞ。」 同じ口調で、同じ声で会話している。こいつは過去の俺だから。見た目は違うけど。 俺はこいつ、自分の『パスト』に「ミナ」という名前をつけてやった。「二那」に1を足して「ミナ」だ。 ミナはまだパストとしては成長段階で、俺の高校生の時の意識までしか取り込めていないらしい。だからすごい量のご飯を食べる。俺は高校生の時、バレーボール部でものすごい量のご飯を食べていたから。 そして、ミナは俺の代わりにご飯を作ってくれている。俺がそれなりに家事のできる人間でよかった。俺が家事を出来なかったら、ミナも家事が出来ないから。まさかこんな所で役に立つ時が来るとは。 「逆に、二那はそれしか食べないのか?」 「ああ……味もしないし、でも、せっかく作ってくれたから。」 たぶん、ストレスで味がしなくなっているのだろう。 「まあ、食べられるようになっただけいいよな。」 「そう、だな。」 ミナが見える前まではずっとベッドに横たわっていて、何もする気力が起きていなかった。ミナが見えてからは、まだ会社に行けるほどでは無いが少しずつ人間らしい生活が送れるようになっていた。
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