惹かれあって幻

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結局、もう一度寝ても魘されることはなく朝を迎えた。 美術館に行くのは、まあまあ楽しみだ。 今まで気力が湧かなくて外に出るのなんて1ヶ月ぶりとかだけど、ミナが居るから大丈夫だろう。 ――でも、ミナは他の人には見えない。 外でミナと会話をしていたら、独り言を言っている変な人に見られる可能性がある。 まあ、美術館なんて喋るものでもないし、いいか。 俺は久しぶりに部屋着からよそ行きの服に着替える。 街の美術館は以前行ったときとあまり変わっていなかった。でも今日から新しい展示会が始まるらしい。前行った時よりも混雑していた。 なかなか有名な画家の展示会らしい。 俺は少し楽しみだった。こんな気持ちになるのは久しぶりだ。どんな絵がみれるんだろう。 しかし、いざ絵を目の前にすると、俺の心は全く動かなかった。 感動しなかったのだ。ただ、この画家が俺の好みに合わなかっただけなのかと思い、違う画家の描いた新しく入ってきた絵も見に行ったが、心は動かされなかった。 ――ああ。俺は本当にあの出来事をきっかけに変わってしまったんだな。 もう、普通ではいられない。普通には生きられない。 俺は一生、あの出来事を背負って、何も感じないまま生きていくしかない。そう思うと、悲しさより先に吐き気が込み上げてくる。 立っているのが耐えられなくてしゃがみ込んだ。 ミナはそんな俺を見て、一緒にしゃがんでくれた。 「大丈夫。きっといつか戻るさ。」 そんなありきたりな言葉。過去の俺の言葉。 そして、周りには聞こえない言葉。 俺はこくりと頷き反応を示す。 「……出ようか。」 ミナに連れられて俺は美術館を後にした。 家に帰る気にもなれなかった。 俺はミナに寄りかかりながらゆっくり歩く。 歩きながら、色んなことを考える。 もう、俺は普通じゃないんだな。 感動もしない、味も感じない、まともに生活できない。 仕事にも行けず休職。 少し治ったかとは思ったけど、俺の勘違いだったらしい。いや、どうなんだろう。昨日あんな夢をみたからか。 美來と飛奈斗は幸せに暮らしているのかな、そうでなくとも、普通に暮らせているのかな、と思うと俺は腹が立った、が、出てきたのは涙だった。 「二那……」 ミナは寂しげな雰囲気を漂わせながら、あそこに座るか?と公園のベンチを指さす。 「……ミナ、いつもありがとう。」 俺はミナに座らせてもらって、話し始める。 「ミナのおかげで少し良くなってきてると思ったけど、ダメだったみたいだ。」 「ダメなんかじゃない。二那は頑張ってる。生きてるだけでいいんだよ。」 「はは、ありがとう。」 しばらく沈黙が訪れる。 口を開いたのはミナだった。 「二那は……俺が見えない方がいいか?」 「……」 「……すまん。答えづらいよな。」 なんとも言えない。でも、ミナが見えてから毎日に少し色がついたのは事実で。 「……そんなことない。」 俺はそう答えることにした。 「……ありがとう。」 「お母さーん!あの人、一人で喋ってる!」 「しっ!見ちゃダメ!」 そんな会話が聞こえてくる。俺に対して言っているのだろう。 「……気にすんなよ。」 「はは。気にしないさ。こんなことくらい。」 俺は笑ってそう答える。笑っていないと、何かが壊れてしまいそうで。 そんな、なんとも言えない気持ちのまま、俺たちは家に帰った。
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