2人が本棚に入れています
本棚に追加
結局、もう一度寝ても魘されることはなく朝を迎えた。
美術館に行くのは、まあまあ楽しみだ。
今まで気力が湧かなくて外に出るのなんて1ヶ月ぶりとかだけど、ミナが居るから大丈夫だろう。
――でも、ミナは他の人には見えない。
外でミナと会話をしていたら、独り言を言っている変な人に見られる可能性がある。
まあ、美術館なんて喋るものでもないし、いいか。
俺は久しぶりに部屋着からよそ行きの服に着替える。
街の美術館は以前行ったときとあまり変わっていなかった。でも今日から新しい展示会が始まるらしい。前行った時よりも混雑していた。
なかなか有名な画家の展示会らしい。
俺は少し楽しみだった。こんな気持ちになるのは久しぶりだ。どんな絵がみれるんだろう。
しかし、いざ絵を目の前にすると、俺の心は全く動かなかった。
感動しなかったのだ。ただ、この画家が俺の好みに合わなかっただけなのかと思い、違う画家の描いた新しく入ってきた絵も見に行ったが、心は動かされなかった。
――ああ。俺は本当にあの出来事をきっかけに変わってしまったんだな。
もう、普通ではいられない。普通には生きられない。
俺は一生、あの出来事を背負って、何も感じないまま生きていくしかない。そう思うと、悲しさより先に吐き気が込み上げてくる。
立っているのが耐えられなくてしゃがみ込んだ。
ミナはそんな俺を見て、一緒にしゃがんでくれた。
「大丈夫。きっといつか戻るさ。」
そんなありきたりな言葉。過去の俺の言葉。
そして、周りには聞こえない言葉。
俺はこくりと頷き反応を示す。
「……出ようか。」
ミナに連れられて俺は美術館を後にした。
家に帰る気にもなれなかった。
俺はミナに寄りかかりながらゆっくり歩く。
歩きながら、色んなことを考える。
もう、俺は普通じゃないんだな。
感動もしない、味も感じない、まともに生活できない。
仕事にも行けず休職。
少し治ったかとは思ったけど、俺の勘違いだったらしい。いや、どうなんだろう。昨日あんな夢をみたからか。
美來と飛奈斗は幸せに暮らしているのかな、そうでなくとも、普通に暮らせているのかな、と思うと俺は腹が立った、が、出てきたのは涙だった。
「二那……」
ミナは寂しげな雰囲気を漂わせながら、あそこに座るか?と公園のベンチを指さす。
「……ミナ、いつもありがとう。」
俺はミナに座らせてもらって、話し始める。
「ミナのおかげで少し良くなってきてると思ったけど、ダメだったみたいだ。」
「ダメなんかじゃない。二那は頑張ってる。生きてるだけでいいんだよ。」
「はは、ありがとう。」
しばらく沈黙が訪れる。
口を開いたのはミナだった。
「二那は……俺が見えない方がいいか?」
「……」
「……すまん。答えづらいよな。」
なんとも言えない。でも、ミナが見えてから毎日に少し色がついたのは事実で。
「……そんなことない。」
俺はそう答えることにした。
「……ありがとう。」
「お母さーん!あの人、一人で喋ってる!」
「しっ!見ちゃダメ!」
そんな会話が聞こえてくる。俺に対して言っているのだろう。
「……気にすんなよ。」
「はは。気にしないさ。こんなことくらい。」
俺は笑ってそう答える。笑っていないと、何かが壊れてしまいそうで。
そんな、なんとも言えない気持ちのまま、俺たちは家に帰った。
最初のコメントを投稿しよう!