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言い寄ってくる奴なんてどうでもよかった。
邪な視線を向けられるのは日常茶飯事で、いちいち気にしていたらきりがない。大抵は無視してれば諦めていくし、しつこい奴は骨を2,3本折ってやれば泣きながら謝って二度と姿を見せなくなった。
何も問題ない。それなのに、隣の家に住む子供はいつも心配そうな顔で「大丈夫か」と尋ねてくる。
何なんだコイツ。優しいフリして取り入ろうとしてんのかな。笑えば惚れられるし、気を許せば襲われる。人間なんて誰も信じられない。だからソイツのことも最初は無視してた。
あれは忘れもしない、小学4年生の夏。
下校中に無理やり茂みに引きずり込まれ、見知らぬオッサンに押し倒された。幸か不幸かこういうことには慣れてるから、息を荒げる変態を下から無感動にみつめ、『まずは頭突きで鼻を折る、ひるんだところで右フック。体勢入れ替えたら顎蹴り上げて、ついでに前歯も貰っとくか』なんて冷静に考えていた時、
「うおおお!」
横から黒いランドセルが飛んできた。
ぐいっと腕を引かれて、目に入ったのは必死な顔をした子供。何かと僕を気にかける隣の家のアイツだった。
「早く!」
襲われたことは何度かあるけれど、乱入されたパターンは初めてで混乱する。何が目的なのかわからなくて、掴まれた腕も振り解けず急かされるままに走り出した。
家の近くまで走り続けてようやく足が止まった。振り向いた目には涙が浮かんでいて、息もまだ整っていない。顔は青くて、腕は小刻みに震えている。
「大丈夫か!?」
それなのに何故か僕の心配をしてきた。お前の方が「大丈夫か」だよ。怖いなら首を突っ込まなければ良かったのに、僕は何も問題なかったんだから。
「どういうつもり」
「は?」
「何でこんなことしたの。僕は一人でも平気だよ」
掴まれてる手首が熱い。でも不思議と振り解こうとは思わなかった。
「そんな訳ないだろ」
子供が少し怒ったような口調で言う。それなのに腕を引き寄せられて、気付けば僕は彼に抱き締められていた。なんで、怒ったんじゃないの。ちぐはぐな行動にますます頭がぐるぐるする。至近距離にある瞳を覗けば、向けられ慣れているドロドロとした熱が無くて余計にわからなくなった。
まさか、本当に心配してるだけなの?
「大丈夫だ」
細い腕も小さな背も頼りないのに、少し高めの体温に包まれると身体から力が抜ける。それとは対照的に、心臓はうるさいくらい脈打った。
「奈津は俺が守るよ」
途端、涙腺が決壊した。泣く僕にソイツは少し慌てて「やっぱり怖かったんだな」なんて言ってたけど勿論違う。
純粋な優しさが嬉しくて、
僕より弱いくせに「守る」なんて言うのが健気で、
かわいくて、
愛おしくて、
好き過ぎて、泣けた。
「おい、あの子めっちゃ可愛くね!?」
「かわいい……けど男じゃん」
「俺余裕でイケるわ」
「じゃあナンパして来いよ」
言い寄ってくる奴なんてどうでもいい。
「なぁ、アンタ。ちょっと付き合っ……」
肩に気安く触れてきた男の腕を掴んで、顔面に拳を叩き付けた。ゴシャアと音をたてて倒れる変態を無感動にみつめる。
「おい!」
「なにしてんだテメェ!」
「可愛い顔してるからって調子乗ってんじゃねぇぞ!」
殴った男はどこかの不良チームだったのか、すかさず仲間らしき奴等に囲まれた。人数は十人程度、集会でもしていたのだろうか。でも不運だとは思わない、こんな奴等どうとでも出来るから。
「オラァァア!」
振りあげられた鉄パイプを躱して、鳩尾に膝を入れる。後ろから迫ってきた奴はお仲間が持ってた鉄パイプをフルスイング。
「ぐあっ!」
いいところに当たってしまったのだろう、重い感触と共に鮮やかな赤が飛び散った。
ふと脳内に昼の光景がフラッシュバックする。
『なんでもねぇよ』
カッと目の前が真っ赤になった。
向けられる好意にいちいち心乱されたりしない。
襲われたって淡々と相手を始末してみせる。
けれど
あの日、恋に落ちてから、彰介くんに関することだけは冷静でいられない。
血と唾液で濡れた唇。上気する頬と乱れた息。何かあったのは明白で、何があったのかもおおよそ察してしまった。誰かが、彰介くんの唇に触れた。あまりに受け入れ難くて吐き気がする。
何で、誰だよ、誰が僕のモノに手出した。彰介くんも何でキスなんかされてんの。何で頬赤らめたりしてんの。もしかしてソイツのこと好きなの? いや、今は違うくてもこれから意識し始めちゃったらどうしよう。万が一僕の側を離れるなんてことになったら……。
「ぁ"ぁ"あ"あ"あ"あ"っ!」
衝動のままに目の前のナニカを殴り続け、はたと我に返った頃には不良共は全員地に沈んでいた。ふぅと息を吐いて、血まみれの手で前髪をかきあげる。あーあ、返り血がひどいな。酷使した右手の感覚も鈍い。
でも適度な運動をしたおかげで頭が冷えた。
そうだ、彰介くんはあの後も僕のことを優先してくれたじゃないか。だからまだ大丈夫、彰介くんの一番は変わらず僕だ。
それにもし彰介くんに想い人が出来たとしても関係ない。そうなったら相手を排除するのは確実として。彰介くんはボコボコに痛めつけて逆らえなくしようかな、僕から離れるなんて口に出来ないように。あー、監禁してセックス漬けにするのもいいか。彰介くんなら痛みや恐怖に泣く顔も、快楽でトロトロに溶けた顔もどっちも可愛いだろうな。
僕は不良の中から意識がある奴を探して胸ぐらを掴み上げる。
「このこと誰にも言うなよ。特に内藤 彰介の耳に入ったら、お前ら全員殺すからな」
怯えきった表情で「わ、わかりました」と何度も頷く様子に満足して、その場を後にした。
夜空には満天の星。
家に着いた僕は、ふと隣の家の2階の窓をみつめた。今日も家まで送り届けてくれた幼なじみは、まさか僕が夜中に抜け出し血まみれで帰宅するだなんて想像もしないだろうな。
あの日、この場所で彰介くんは『守るよ』と言ってくれた。あれからもう何年も経つけれど、未だに約束は守られ続けている。
ふふっと自然に口角が上がった。彰介くんのことを想うと心がポカポカして幸せな気分になる。恋に振り回されてばかりいる僕が、誰かに恋をするなんて思わなかった。この気持ちを教えてくれたのは彰介くんだ。
好き、大好き。
だから絶対に手放さない。他の誰にも渡さない。
か弱い幼なじみの皮は、君の隣にいるのにとても便利だけれど、必要となったらいつでも脱ぎ捨てるから。
それまでは可愛いお姫様でいさせてね。
僕だけのナイトくん!
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