選ぶ者達の未来

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選ぶ者達の未来

 毎年この時期になると、メリアナは本当に憂鬱な気分になる。  この魔法学園の教師となって既に三十年超。卒業試験のたびに、いつも同じことを願ってしまうのだ。どうか、どうか今年は“それ”が出ませんように、と。  メリアナ達の憂鬱の原因は、今メリアナが試験管として、教室の生徒たちに配っている一冊の本にある。紫色の表紙に魔法陣が書かれたそれが、ある特別な魔導書であることを知っているのは教師たちのみだ。生徒たちは精々、“なんで卒業試験の問題用紙がわざわざ本になってるんだろう?”くらいの疑問しか抱かないことだろう。  だが、本でなければいけない理由があるのである。  あれこそがまさに、生徒たちの未来を決めてしまう――運命の一冊なのだから。 「皆さん、問題は行き渡りましたね?」  メリアナは教室を見回して言った。 「改めて説明しますが、卒業試験は実技試験と筆記試験、両方が基準点を上回らなければ合格とはなりません。また、合計点が特定の点数を下回っても失格となってしまいます。実技試験は終わっていますから、あとはこの筆記試験の結果次第。……どうか、全力を出し切ってください」 「はい!」  生徒たちが元気よく返事をする。よろしい、とメリアナは精一杯の笑みを浮かべて彼らに向かって宣言した。 「それでは……はじめ!」  この国立魔法学園は、特別な学校だ。十五歳で卒業した生徒たちは、この国で最も名誉ある職業である王宮魔導騎士の資格を得ることができる。ゆえに入学試験も学校内の試験も非常に厳しく、またこの卒業試験も毎年失敗して留年する生徒が何人も出ることで有名だった。  メイアナを含め、教師たちはみんな、生徒たちが合格できるように一生懸命指導してきたつもりである。全員が合格してほしいとは思うものの、それでもどうしても実力が足らなかったり、体調不良などが原因で落ちてしまう者達がいるのは仕方のないことだった。  だからそれに関してはある程度割り切っている。  そもそも王宮魔導騎士は有事の際は戦争に魔法戦士として駆り出される仕事であるし、他に適職があるならば別の道を選ぶことだって全然ありなのだから。  ゆえに、我々が恐れているのはそんなことではない。――あの、紫色の魔導書に記された問題。そのうちの一つに仕掛けた、ある重大なトラップに、誰かが引っかかってしまうことである。  それは、一見すると最終問題に見える三十八問目――その後ろにひっそりと隠された、三十九問目の問題だ。  何も知らない生徒には、それが問題だと判別することもできないだろう。精々、謎の文字が最後にうねうね書かれているな、くらいにしか思わないはずだ。だが。 ――特定の生徒だけが……あの文字が読める。問題だと、認識できてしまう。  去年は、誰も読むことができなかった。誰一人三十九問目を解いてくることはなかったのだ。  だが。 「……メリアナ先生、よろしいですか」  その年の試験が終わった後。理事長と校長に(なお、どちらも年配の男性だ)呼び出されたメリアナは、悟ってしまったのだ。  今年は来てしまったのだ、と。 「メリアナ先生のクラスの……アレクサンドラ・ネイシー。彼が、三十九問目を完璧に解いてきました」  ああ、なんてこと。メイアナはその場に崩れ落ちた。  アレクサンドラ・ネイシー。よりにもよって、学年トップの、最も期待された天才少年が“それ”であるだなんて、と。
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