集めているのは

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いつもと同じく定時で仕事を終わらせて電車に乗って帰って来て、駅前のスーパーで買物をして、土手の近くを歩いていた。今日も夕焼けがきれいだ。ところが今日は川べりでひとり、男の子が探し物でもしているようだった。普段は見かけない男の子のようだった。なんとなく私はその子に近づいた。 男の子は石を拾っては吟味し、右側と左側に分けていた。なにかぶつぶつ言いながら。そしてときどき、まん中の袋に石を入れていた。 私は彼の向かい側にしゃがみこんだ。彼が左側に置く石と、右側に置く石と、まん中の袋に入れる石と、なにが違うのかを知りたくなった。しばらく見ていたけれど、皆目検討がつかなかった。 色も、形も、大きさも、なんにも統一性が見られなかったのだ。 「これじゃないだろ。」 「これも違う。」 「これでもない。」 「んー、ちょっと可能性があるか。」 私は彼の言っていることを注意して聞いてみた。なにかヒントになるかと思ったのだ。でも、早々に、なんの助けにもならないことが分かった。だって、ほとんどが「これじゃない」と否定的なことをいいながらも、石は左側にも右側にも振り分けられ、ほんの少しがまん中の袋に入れられていたのだもの。「んー」とか、「かもなぁ」とか言いながらも、左側にも右側にも石を置いて、ほんの少しを袋に入れていたのだもの。しばらく聞き入っていたけれど、なにを基準にしているのかはまったく分からなかった。 「ねぇ、ぼく、なにか探しているの?」 その幼い子は上目遣いで私をジロリと見た。ええ、それは実に嫌な目付きだった。一度見上げただけで、彼はまた石を振り分け始めた。 「無視するの?」 思い切って言ってみたが、やっぱりだ。無視されてる。こんな、五歳くらいのかわいくない子どもに。 「ちょっと見せてよ。」 私は彼の袋を取り上げようとした。 その子はその小さな巾着袋を絶対に私に取り上げさせないように、自らのお尻の後ろ側に隠してしまった。 「見せなさい!」 つい、私は声を荒げてしまった。そして彼の後ろに手を巡らせて袋を取り上げようとした。 「やめてよぉ!」 今度は彼が声を荒げた。 もうここまで来るとなりふり構わず、私は長い腕を伸ばして袋を引っつかんだ。彼はそれを放すまじと力を込めて握りしめた。私は袋の反対側を引っ張った。小さな袋が彼の小さな手と、私の大きな手で双方に引っ張られた。彼は私の右足を踏んづけた。痛さあまってその弾みで私は彼の袋を放り上げた。袋の中身が飛び出した。 私は石がボタボタと落ちるのを予想した。 だのにその袋の中からは、桜吹雪が舞い散った。 あたり一面、なにもかもが見えないほど、恐れ慄くほどの桜吹雪が舞ったのだ。 さっきまでそこにいた男の子の姿はなくなり、背の高い、黒衣に身を包んだ長い黒髪の男性がそこに立っていた。あっけに取られた私を彼はその背中に生えた大きな闇の翼でもってくるむようにして包み込み、桜吹雪の最中へと連れて行かれた。
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