変人さーん!

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 おかしい。  愛用のミルのレバーをゴリゴリしながらはぐれは唸っていた。  転校してから早1ヶ月、未だに友達が出来ない。何故だ、予定なら今頃37人は出来ているはずなのに。クラスメイトから完全にやべぇ奴認定されてることなど知る由もなく、「ハッ! もしかして島出身だからナメられてる!?」なんて的はずれなことを考える。  その時、ふと傍らに人の気配がした。見上げれば、ブルネットの髪をハーフアップにした清楚系美少女が呆れたようにこちらを見下ろしている。 「またやってんのかよ」  低い声で言うなり、女装男子 葛城はドカっと前の席に腰を下ろした。 「おはよう、今日も可愛いね」 「おー」 「でもそんなに足開いたらパンツ見えちゃうよ」 「見たきゃ見ろよ、どうせ黒のボクサーだし」 「そこにこだわりは無いんだ」 「俺は可愛い服が着たいだけで、女になりたいわけじゃねぇからな」 「奥深いね」  口もガラも悪いのに、顔だけ良くてやたら女装がハマってるこの葛城が何故か頻繁に話しかけてくるのも友達が出来ない要因かもしれない。彼もクラスで浮いているので、ぼっち仲間として親近感を抱かれているのだろうか? ぼっちが嫌ならその近寄りがたい態度はどうにかした方がいいと思うけどね。  自身を棚に上げているはぐれは知らない。表情筋が死滅している彼もなかなかに近寄りがたいことを。  ゴリゴリゴリゴリ 「で、それだよ」  ため息混じりに指差すのははぐれの手元。仕事を終えたばかりのミルから、雑多な教室に似つかわしくない芳しい香りが広がっていく。 「葛城くんも飲む?」 「飲む……じゃなくて、何で豆から挽いてんだ」 「コーヒー愛好家の中には自分で豆を挽く人もいてね」 「知っとるわ! 学校にわざわざミル持参するのがおかしいっつってんの!」 「この豆高かったんだ」 「聞けや」  どこからともなくドリッパーを取り出し、トポトポお湯を注ぐ手は淀みない。絶対聞いてないわコイツ……と思いながらも、いい香りに葛城は思わず身を乗り出した。 「どこの豆?」 「ジャマイカ」 「へぇ」  丁寧に淹れられたコーヒーがカップに注がれ、ふんわり湯気と共に香りが立ち上る。鼻孔をくすぐる芳醇な匂いは、別にそこまでコーヒー好きでない葛城でさえ惹かれるほど。  しかし次の瞬間、それをかき消すかのようにドバァーーっと大量の牛乳が注がれた。コーヒー1:牛乳9、もはやコーヒー牛乳とすら呼べない代物に顔をしかめる。 「豆への冒涜だろ」 「こうしないと苦くて飲めない」 「ハァ? お前二度とコーヒー愛好家自称すんなよ」 「うまい」 「だから聞けって」  牛乳(ほんのりコーヒー風味)を飲み干すはぐれは、相変わらずの無表情のまま満足気に頷く。葛城はその様子にげんなりしながら、サーバーに残された悲しきコーヒーを引き寄せた。 「勿体なさすぎ。俺に寄越せ」  「! いいよ」  ガタンと勢いをつけて立ち上がり、下手くそな鼻歌を奏でながら新しいカップを取り出す。いつでも友達とティータイムを楽しめるよう茶器一式をロッカーに忍ばせてあるのだ。振る舞ったコーヒーを美味しいと飲んでくれるのが嬉しくて、前の学校でもよくドリップしたっけ。 「キタちゃんはエチオピア産のしか飲まないんだ」 「誰だよキタちゃん」 「俺の親友」 「お前友達いたんだ」 「まぁ、唯一のクラスメイトだったからね」 「え、なに? 学年二人だけだったん?」 「ううん。全校生徒」 「過疎ってんなぁ」  そんなことを話しているうちに用意されたコーヒー。牛乳を注ごうとするのを阻止し一口飲めば、あまりの美味しさにほぅっと息がこぼれた。いい豆ってこんなに違うのか……それともコイツが上手いんだろうか。とにかく礼を言おうと顔を上げれば、生気のない黒目がじっとこちらをみつめていた。 「な、なんだよ」 「美味しい?」 「え……あ、おう」 「そっか」  無表情なのは変わらない、なのに嬉しそうに見えるのは何故だろう。深淵のような黒は見過ぎると引っ張り込まれてしまいそうで、葛城はさりげなく視線を逸した。 「また明日も飲んでくれる?」 「……勿体ないしな」
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