変人さーん!

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 小鷹はぐれは緑化委員会である。  転校生なのでたまたま空いていた委員会へ自動的に決まったのだが、最初はラッキーだと思っていた。仕事も花壇の水やりくらいで楽そうだし、何より植物はけっこう好きだ。島にいた時も庭でニラを育てていた。  そんな訳で、「本当に大丈夫?」とやたら心配するクラスメイト達にあっさり頷いたのだけれど……今はそれをめっぽう後悔している。   「なぁ」  慎重な面持ちで水やりをしている背へ、退屈そうに葛城が話し掛ける。ちなみに今日の彼はウェーブがかった金髪に着崩した制服のギャルスタイルだ。 「ここちょっと枯れてんだけど」 「ヒュッ」  隙間風みたいな声を出したはぐれは、ジョウロを投げ出し飛んで来ると葛城の指差す先を見てサァーっと青ざめた。こんな時でも無表情のままなのだからいっそ器用だなと思う。  「ヤバいヤバい」と大量に刺されていく栄養剤は逆に花を殺そうとしているのか。落ち着けと小突けば、底知れぬ瞳に理性の色が戻る。 「落ち着いたか?」 「あ、ありがとう。でも、これどうしよう……」 「あー」  植物が枯れるなんてよくある事だろうにと考えて、不意にこれだけ慌てている原因であろう噂を思い出した。 「緑化委員長ってそんなにやべーの?」  何気なく聞いた途端、はぐれの目が死んだ。普段から死に気味だがもっと死んだ。「やべーなんてもんじゃないよ……」と呟く声には哀愁が混じる。とりあえず緑色の絵の具を探しに行こうとする背を羽交い締めにして、噂についてより詳しく聞こうとした時  メシャァア  どこからか勢いよく飛んできたサッカーボールが花壇に突っ込んだ。なぎ倒される花々に、ちょっと枯れたくらいで取り乱していたはぐれは意識が飛びかける。 「すんませーん、ボールこっちに飛んできてないスか?」  呆然とするはぐれの代わりに葛城は花壇を指差した。「おーあったあった」と拾い上げる部員は無惨な花々の様子に気付いているのかいないのかケロッとしており、謝罪もなしに立ち去ろうとする。葛城は緑化委員でもなければ特別植物が好きなわけでもないが、これにはさすがにムッとした。なんだかんだ一緒にいるせいで、はぐれが花の世話を頑張っているのを知ってるから。 「おい待てやテメェ」 「は、何……って声低! えっ、男!?」 「今そんなんどうでもいいんだよ! まずはコイツに謝っ」 「これはどういう事かな?」  ふと、カオスな場には似つかわしくない、爽やかで優しい声が響いた。  つられるように顔を向ければ、そこには学校指定のジャージを着たイケメンが柔和な笑顔で立っていた。外履きのラインの色からして3年生だろう、本人の雰囲気も相まってまるで王子様みたいな人だ。軍手にジャージでさえなければ。  その人物が現れた途端、魂を飛ばしていたはぐれがピャッと葛城の背中に隠れる。 「い、委員長……」 「委員長?」  コイツが? 優しそうな雰囲気もあって全然ヤバそうには見えないが。にしてもこの怯えようは何なんだ。 「これをやったのは、キミ?」  花壇の惨状とボールを見比べ、緑化委員長がサッカー部員へ尋ねる。「そうみたいスね〜」とヘラヘラ笑った部員は次の瞬間、バキィッ!と重い音をたてて吹っ飛んだ。  ……え?  てんてんと悲しく転がるボール。葛城も殴られた本人も訳がわからず目を白黒させる中、ジャージの王子様は思いっきり人を殴ったとは思えないほど爽やかに笑っている。 「植物を大事にしないクズは死ねばいい」 「え、いや、ちょ、待っ……ガハッ!」  あの凄まじい一撃では満足出来ないのか、更に馬乗りになって殴り始めた。これは、確かにヤバい。はぐれがあんだけ怯えるのも頷ける。バキッ!ゴスッ!とR18Gな音が響く中、今のうちに逃げようと背中の存在に語り掛けようとした直後、 「やめて!」  飛び出した黒い塊が委員長にタックルをかました。本人的には抱きついただけなのだろうが、あの勢いと角度は完全に攻撃だった。 「……ぐっ」 「委員長、これ以上はダメです」 「……ゲホッ」 「花を守れなかった俺にもほんの少し、1ミクロンくらいは責任があるかもしれないですし、だからもう」 「う、うん。わかったから圧迫するの止めてくれるかな?」 「はい」  スンと正座するはぐれ、脇腹を抑えて咳き込む委員長、血塗れの部員。なんかもう全員怖いな、と葛城は思った。    サッカー部員を葛城に任せ、はぐれと委員長は荒らされた花壇を整えることにした。折れた茎の部分に絆創膏を巻いてみるが、どうしてもニョーンと垂れ下がってしまう。せっかくこんな綺麗な花を咲かせてくれたのに……やるせない気持ちで花びらを撫でると、横で作業していた委員長がクスッと笑った。 「小鷹くんの手は優しいね」    他意は無いのかもしれないが、手元を見られていたと知って緊張が走る。もし誤って花を傷付けたりしたら、今度保健室送りになるのは自分かもしれない。 「ド、ドウモ……」 「僕、小鷹くんが緑化委員会に入ってくれて本当に嬉しいんだよ。今まで一人だったから」  明らかにご自身のせいでしょう、という言葉を既の所で飲み込む。はぐれは空気は読めないが、危機察知能力は高いのだ。  チラリと目線だけで盗み見ると、委員長はふわっと顔を綻ばせてこちらをみつめていた。王子様フェイスと微笑みの相性の良さったらない。視線を草花へ戻した委員長は、先程容赦なく人を殴っていた手と同一とは信じ難い優しい手付きで、剥き出しになった根へ土を掛けていく。 「小鷹くんと一緒に花に触れている時間が、いつの間にかとても好きになってたんだ。きっとこの子達も小鷹くんが好きだよ」 「そっ、ナ、いえ……ァ」  ドストレートな褒めにはぐれは素直に照れた。ソワソワ視線をさまよわせ、どぎまぎと不明瞭な言葉が漏れる。好きだなんてキタちゃん以外に初めて言われた。島の人は皆家族みたいなものだし、転校してからはどうしてか遠巻きにされていたから、他人から向けられる好意に慣れていないのだ。残念ながら、表情は変わらず“無”なので傍から見ると故障を疑う不気味さだが。  めちゃくちゃビビってしまっているけど、やっぱり委員長っていい人なのかも。と内心で手のひらを返しているはぐれへ、頬をほのかな朱色に染めた委員長は嬉しそうに言う。 「だから、来年もよろしくね」 「アッ、ハイ! もちろ………ん?」  え? 来年? だって委員長は3年生で、今年度で卒業のはずでは? 脳内を埋め尽くすクエスチョンマークに首を傾げると、その混乱を正しく受け取った元凶は「あぁ」と爽やかに頷いた。 「一応問題を起こす度に停学を食らってるのだけど、そのせいで出席日数が足りなくてね。留年確定なんだ」 「て、停学……?」 「そう。ちなみに今も停学中だよ。植物達が心配だからお世話だけしに来てるけど」  思ってた以上にヤベェ奴やん。ちゃんと学校側が処分を下してた事に安心する気持ちと、それでも目の前のモンスターを止められない事への絶望が同時に襲ってきた。一体何が彼をそこまで掻き立てるのだろう。  委員長ははぐれに優しいが、植物を傷付けたらどうなるかわからない。当然島のニラと同じ接し方は出来ず、毎日爆弾処理に臨むような心持ちで花達の世話をしている。今年度でこの緊張感から解放されると思ってたのに、また来年もコレ……?  「来年も一緒に居られるなんて」  軍手から抜き取られたなめらかな指が、はぐれの頬についた土を拭っていく。愛おしそうにうっそり細められた瞳にみつめられても、そこに映る自分の目はいつも以上に死んでいる。 「楽しみだね」 「ゥゥゥン……」 「なんか、さすがに可哀想になってきたわ」    保健室へ無事怪我人を送り届けた葛城は、魂が半分抜けていたはぐれを回収して帰途についた。帰り際、緑化委員長に若干睨まれた気がしたが怖過ぎるので見なかったことにする。 「じゃあ葛城くんも緑化委員会やろうよ」 「無理」  はぐれの懇願を切り捨て、ファサっと金の巻き髪を払う。継続確定の地獄に同情はするが、巻き込まれてやるつもりはない。結局我が身が一番可愛いので。  それに、あのイカレ王子はコイツの事を気に入っているようだから悪くはしないんじゃないか。はぐれだって何だかんだ上手く付き合えてると思うし。だって、アレにタックルかませる奴なんてこの学園で他にいないだろ。 「ビビってる割にタックルは容赦なかったぞ」 「あれは無我夢中で……ハァ、何て事をしてしまったんだ。あの人がサッカー部じゃなきゃ多分乱入しなかったのに」 「ふぅん? サッカーに何か思い入れあんの」 「キタちゃんがサッカー好きでね」  また出たキタちゃん。どうしてコイツは普通に話題に出してくるのか、キタちゃんの顔はおろか男か女かさえもわからないのに。何の説明も無いせいで、コーヒーはエチオピア産しか飲まないというクソどうでもいい情報だけが葛城の手元にある。 「全校生徒二人なのにどうやんの? 教師も巻き込んでとか?」 「ううん。フォワード、ミッドフィルダー、ディフェンダー、ゴールキーパー、全部キタちゃんだよ」  それは果たしてサッカーなのか? いやでもこれくらいでツッコんでたらキリがない。 「あー……じゃあ相手役のお前も全ポジションやってたんだ」 「俺は球技の才能が壊滅してるから、応援係」 「敵が消えたぞ」 「敵も味方も皆キタちゃんがやってた」 「キタちゃんって何人かいる?」 「え? 一人に決まってるじゃん」  葛城は思わずこめかみをおさえた。ダメだ、まともに聞いてたら頭おかしくなる。てか何で俺がおかしいみたいになってんだ、ふざけんなよ。苦しむ見た目だけ金髪ギャルを尻目に、どことなく声を弾ませたはぐれは道端の石を蹴る。 「キタちゃんは俺の幼なじみでね、楽しそうにサッカーしてる姿がすごくカッコいいんだ。……だから、花をめちゃくちゃにされたのはムカつくけど、サッカー出来ない程の大怪我されるのは何か嫌だと思って」  ヘロヘロと転がった小石は謎のカーブを描き、側溝にゴールインした。確かに球技の才能は無さそう。「あらー」と残念そうに落とされた肩は、葛城の腕を乗せるのに良い感じの位置にある。 「でもさ、お前が飛び出して行った時、ちょっとだけカッコいいと思ったけど」  無遠慮に肩を組み、なるべくぶっきらぼうに言うと、ふへへと気持ち悪い笑い声が聞こえてきた。  はぐれの目はいつだって死んでいるが、今のように細められている時は普段の不気味さは鳴りを潜め、数倍あどけない表情になる。この一瞬ばかりは、ほんのちょっと……1ナノミクロンくらいは可愛い気がしないでもない。 「葛城くんは今日の格好も可愛いね」 「遅ぇ。出会い頭に褒めろ」  
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