変人さーん!

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 小鷹はぐれは優等生である。  ……と、本人は思っている。成績は可もなく不可もなくという具合だが、遅刻もサボりもしたことは無いし、染髪やピアスもしていない。 「小鷹先輩、止まってください」  だから、毎朝校門に立つ風紀委員に何故呼び止められるのかわからない。  ピシッと制服を着こなし“風紀”の腕章を付けた長身の男は、転校初日にセグウェイで登校したのを目撃されてから何かと因縁をつけてくるのだ。  寝癖は直して来たし、ネクタイもちゃんと締めた。今の自分はどこから見ても優等生なはず。さぁ、文句があるなら来い! と構えていれば、「先輩」と風紀委員の手がはぐれの髪に伸びる。 「ピスタチオついてますよ」  …………ハッ! 少し骨ばった綺麗な指がつまむのは、確かに見覚えがある緑色のナッツ。名前の響きが都会っぽくてオシャレな気がする、という短絡的理由で先日大量購入したものだ。はぐれはのどかな島に生まれ、じいさんばあさんに囲まれて育ったので、シティボーイへの憧れがあった。  ルンルンで食べ、出てきたのは「え……独特」という微妙な感想。正直全然口に合わなかったのだが、これが都会の味かぁと思うとイケる気もしてくる。  ピスタチオはお菓子等のフレーバーに使われる事はよくあるが、そのまま食べる人はあまりいない……というのは当然知らなかった。  あれはおそらく朝ご飯の時行方不明になっていたピスタチオ。用意したはずの個数より1つ足りず不思議に思っていたのだが、まさか髪の毛に付いていたとは。もしこのまま教室へ行っていたら、シティボーイに憧れてる事がバレて恥ずかしい思いをしただろう。   「取ってくれてありがとうございます」 「いえ」  お礼を言えば、フッと目尻が綻び冷たい雰囲気が幾分か和らいだ。鋭い切れ長の目と淡々とした態度、何より後輩なのに自分よりも高い身長……じゃなかった、違反してないのにいちいち止めてくる所が苦手だなと感じていたのだが、案外良い人かもしれない。 「では、これは学校に関係のないものなので没収しますね」 「自分で捨てますよ」 「ダメです。没収です」 「あ、ハイ」  風紀の規則なのかな、と男のポケットにしまわれるピスタチオを眺めていると、後ろから「おい」と声を掛けられた。振り向けば、黒髪ボブに赤縁メガネの文学少女風葛城が眉間に皺を寄せて立っている。 「おはよう葛城くん、今日も可愛い」 「当たり前だろ。てか何してんだ、さっさと行くぞ」 「ピスタチオ取って貰ってた」 「は?」  そういえば、校則違反という観点では葛城の方がよほどアウトなのでは? と風紀委員の彼を見れば、首を横に振られた。 「葛城先輩は似合っているので問題ありません」  なんてこった。なら、ピスタチオははぐれに似合ってないという事か。シティボーイへの道のりはまだまだ長そうだ。  昼休み、葛城は今朝はぐれに絡んでた風紀委員に呼び出され空き教室に居た。今日のスタイルに合わせた膝下のプリーツスカートに構わず、ドンと足を机の上に乗せながら。態度が悪い? 知るか。 「それではこれより、第26回『小鷹 はぐれはどうしてあんなに可愛いの会議』を始めます」  こんな茶番に毎回付き合わされれば、誰だってこうなるだろ。  女子から「クールでかっこいい!」と大層な人気を博す目の前の後輩は、目が悪いのか趣味が悪いのかあの変人が可愛く見えるらしい。葛城には理解できない境地だ。他人の嗜好に口出すつもりは無いが、巻き込むのだけはやめて欲しい。 「今朝のヤバくないっすか。ピスタチオって……もう本当に膝から崩れ落ちるかと思ったし、世界が好きで溢れました。こめかみの辺りにちょこんと付けてるの可愛すぎて、もしかしてピスタチオって小鷹先輩のために作られました?」 「真剣な表情で馬鹿みたいな事を喋るな」  ヴッ、愛……! と顔を両手で押さえる風紀委員。文学少女はぐでんと背もたれに体重を預け、時を刻む秒針を睨みつけた。貴重な昼休みが無意味に消費されていく。 「アレのどこが可愛いってんだ」 「目に生気無い割に行動は大胆な所と、無表情なのに何故かわかりやすい所……これ挙げだしたらキリがありませんよ? 初めて会った日は、セグウェイに乗りながら真顔でツーっと通過していく得体の知れなさに『何だコイツ!?』と胸が高鳴ったものですが、知れば知るほどわからなくなる実態に心臓がズブズブ沼へ沈んで行きました。最近なんて、客観的に見れば凡庸でしかない容姿や“小鷹はぐれ”という名前まで可愛くて思えてきて……」 「うわ、うるさ」 「葛城先輩は小鷹先輩のどこが好きなんですか?」 「は? 別に好きじゃねぇけど」 「えっ?」  室内を沈黙が覆った。目を瞠ったまま固まっていた風紀委員は、瞬きののち不可解そうに眉をひそめる。 「あれだけ一緒に居て魅了されないなんて、それはそれで心配です。EDですか?」 「俺も心配だよ、テメェの頭がな!」 「じゃあ何で『小鷹 はぐれはどうしてあんなに可愛いの会議』に参加を?」 「テメェが無理やり参加させてんだろォが!」 「そんな……同志だと思ってたのに」 「いるワケねぇだろ」  そうだ、あんなのを可愛いと思う特殊性癖野郎が何人も居てはたまらない。  苛立たしげにガァンッと机を蹴ると、上に乗っていた後輩の携帯が落ちた。「あ、わり」と拾おうとして、浮かび上がったロック画面に息を飲む。不自然な角度、こちらに向かない目線、明らかに盗撮だった。先がいくつにも分かれた吹き戻しを吹いているはぐれの。ちなみに吹き戻しとは、息を吹き込むと丸まった先がピョロ〜と伸びるあの玩具である。  ……いや、もう何で? 盗撮を咎めるべきか、画像にツッコむべきか、盗撮なら寝顔とか着替えとか他にもあるだろうにわざわざコレを選んだ理由を尋ねるべきか、葛城は迷った。そうしているうちに慌てた後輩が携帯を取り返す。 「み、見ました?」 「や……あの、うん」  深いため息とともに綺麗な黒髪がぐしゃぐしゃと掻き混ぜられる。不貞腐れたような表情は少し幼く、もしこの場に女子がいれば普段大人びた彼とのギャップに黄色い声をあげるだろう。 「ハァ。ならもういっそ開き直りますけど、俺は小鷹先輩を盗撮してます。写真だけじゃなくて盗聴もしてます。葛城先輩に近付いたのも、仲良い人なら秘蔵フォルダ沢山持ってると踏んでお裾分けして欲しかったからです。小鷹先輩が捨てた物はいつも回収してるし、今朝のピスタチオも勿論保存しました」  そう言って机上に置かれたジップロック入りの緑色を見て、葛城は素直にドン引きした。しかもそれだけじゃ心許ないのか、アタッシュケースまで用意されてる。一粒のピスタチオを入れられる事になるなんて、アタッシュケースも想像していなかった筈だ。ふと、後輩の目が真っ直ぐにこちらを射抜く。   「俺、本当に小鷹はぐれが好きなんです」  紡がれたのは真剣な告白。切れ長の瞳は熱に潤み、誰が見たって整っている顔はわずかに上気していた。こんなに一途な想いをぶつけられては、心も揺らぐ…… 「だから、葛城先輩も協力してくれませんか?」 「シね」 好感度が底辺に達してなければ、だが。完全に軽蔑の眼差しを向ける葛城は大事にされてるピスタチオを奪い取り、容赦なく握り潰した。 「ああああッ! 何してるんですか!」 「テメェこそこんなん保存してナニする気だったんだよ」 「失礼な! やましいことには使いませんよ、丁寧に祭壇に飾るだけです」  それはそれでキモい。先刻、他人の嗜好に口出すつもりは無いと言ったが、相手に害が無いのが前提だ。コイツを野放しにしておくのは危険な気がする。あの変人の事だから、お菓子とかに釣られ知らぬ間に監禁されててもおかしくないし。妙な使命感に駆られた葛城に、目の前の犯罪者予備軍を見逃す選択肢は無かった。 「盗撮も盗聴もやめろ、今まで集めたデータは全部消せ。マスターもコピーも残すなよ。拾ったモンも捨てろ、あと職権乱用して毎朝話し掛けんな」 「はぁ? 絶対嫌ですよ」 「さもなくば……」 「脅す気ですか。言っておきますけど、本人にバレようと教師に告げ口されようと止める気はありませんよ。俺の愛はそれだけ、」 「緑化委員長にチクる」 「…………」  大きな事を成し遂げ、達成感と疲労感を抱えて教室に戻ると、机にコーヒーセットを広げたままはぐれがソワソワ辺りを見回していた。泳いでいた黒目が葛城を捉えた途端、仏頂面のままポンと花が飛ぶ。 「葛城くん!」 「どうした」 「コーヒー飲むかと思って」  そう言って用意されたのは真新しいカップとソーサー。とぷんと揺れるサーバーの中からは芳しい香りが漂い、ささくれだった心を宥めていく。昼休みは残り少なく、いつもならはぐれのコーヒータイムはとっくに終わっているはずなのに。 「まさか、待っててくれたのか」  パチンと瞑られた片目がウインクだったと気付くのは数秒後。葛城は胸元を握り締めぐぅっと唸る。誠に大変心底不本意なのだが、癒やされた。さっきまで変態と一緒に居たからだろうか、自分のために淹れられたコーヒーと楽しそうなはぐれに、つい口元が緩んだ。  「さんきゅ」と雑なお礼を言ってカップに口付ければ、優しい温度に胃から心が満たされていく。ホッと息をついて、じぃーとみつめてくるジト目に気が付いた。 「何? あ、味なら美味いけど」 「ありがとう。でもそうじゃなくて」  黒曜石のような瞳がくっと細められる。 「葛城くん、疲れてる?」  ドキッとした。別に隠してないし疚しい事でもないのに、身体の奥底を見透かされた気がして。カタンと乾いた音を響かせ、はぐれが身を乗り出す。 「キタちゃんがね、死ぬほど怒られた時があって」 「何したんだよ」 「漁師のおっちゃんの船盗んで世界一周」 「何してんだよ」 「でも船酔いして30分で帰ってきたよ」 「フォローになってないからな」  少しカサついた指がウィッグの前髪を掬う。度の入ってないレンズ越しに、ゆっくり近付いてくる無表情を眺めた。自分は今、平静を保てているだろうか。反射で返す言葉はほぼ無意識で、神経は全て眼球とはぐれが触れる額に集中していた。 「さすがのキタちゃんもかなり落ち込んでて」    ちゅっ  軽いリップ音が昼休みの雑音の中に溶けていく。離れていく唇を追う視界は、目の前の男以外をシャットアウトした。 「こうして俺の元気を分けてあげたんだ」  感情の読めない瞳が葛城を映す。深い漆黒に捉えられた己の表情は、苦笑が漏れるくらい間抜けヅラだった。「葛城くんも元気出た?」と尋ねられた瞬間、脳が制止するより早く腕が目の前の腰を引き寄せる。  はぐれが体勢を崩しガタンと大きめの音が鳴るが、一瞬向けられた視線はすぐに散っていった。はぐれはヤベェ奴、葛城もちょっと変わってる、そんな二人が変なことをしてても今更大事にはならない。やたらスルースキルが鍛えられてしまったクラスメイト達は、文学少女風イケメンが能面変人の胸に顔をうずめていても「相変わらず仲良しだなー」で済ませた。
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