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53.ニコレッタ、戦場で無双する。
戦場へついてすぐ、私はディーゴの安定した背中の上に立って眺めていた。
「帝国に告ぐ!こちらもすでに戦う準備は整っている!負けを認めて今すぐここから尻尾を丸めて帰るが良い!」
突然魔法により拡散され聞こえてきたのは陛下の声だった。
「え?待って?陛下来てるの?」
あまりの事にびっくり。王が戦場に現れるとかこの世界の常識なのだろうか?
「うるさい!どうやら王国の長は耄碌してこの軍勢が見えんようだ!耄碌じじいは早く降参して王都を明け渡せ!ついでに聖女も渡せ!」
今度は皇帝かな?何気に私を撒き揉むな!
怒りと共に両目に魔力を籠め敵兵を見渡すと、金キラな台に乗った皇帝発見。
「手助けするのバカらしくなってきた」
思わずそう嘆く。
こんな罵り合いを見た後に戦う兵士達がさすがに可哀想だ。
さらに罵り合いが続き、一段落した頃、帝国側でガヤガヤと騒ぐ声が聞こえる。
「我こそは!帝国一の怪力騎士!ジェローム・ゴラン様だ!この大剣に押しつぶされたい愚か者は前に出ろ!」
「私こそ帝国一の騎士!ロベール・アザール!すまないが王国の者達には永遠の眠りについてもらうよ!」
だめだ……今すぐ帰りたい。
帝国側には両翼に同じような台があり、あの大剣の騎士と見目の良い騎士団長の姿を発見。とても恥ずかしいセリフを得意げに言い放っていた。
その声に反応するように両国の兵が騒がしく声をあげてゆく。
「我が名はクラリス・ルシュール!嘗ては我が故郷であったが、もはやそれは過去の事!騎士道を忘れた帝国騎士には、この私が引導を渡してあげるわ!」
それは喧騒にも負けない声量で王国側から聞こえた。
「クラリスさん……」
その姿を探すと、王国側の少し岩がせりあがっている部分に上り、顔を赤く高揚させて先ほどのセリフを放ったと思われるクラリスの姿を見つけた。とても満足そうな顔をしている。
帝国の騎士ってあんな事ばっかり練習しているの?
そう思って額に手をかざし唸っていた。
ため息をつきつつ戦場を見守っていると、陛下のすぐ近くからふわりと浮かぶ、うっすら赤みがかった騎士の姿が……
「私を忘れてもらっては困るな!帝国に正義の鉄槌を下すのは、この王国に咲いた薔薇、モニカ・スパーダだ!」
「モーニーカーさーん!」
思わず叫んだ私は、モニカに向かって杖をかざしているエレオノーレを見つけ眩暈を感じた。どうやらモニカはエレオノーレの協力の元、華麗に宙に浮いているようだ。
その隣には私と同じように頭を抱えたカルロ隊長もいる。
良かった!あれは王国の常識ではないようだ。
「時は満ちた!我ら帝国の力を示せ!全軍、突撃ー!」
「王国の力を見せよ!弱小なる帝国を駆逐せよ!」
私が百面相している間に、2人の王の合図により兵達は動き出してしまった。
「もー!やる気がいまいち出ないけど、やるしか無いよね!」
若干のイライラを抱えながらも魔力を大量に放出し、戦場全体を覆うように治癒の光を捻りだした。
治癒の光に満ちたドーム状の空間が出来上がる。
私の魔力の半分以上を使っているが、いざとなったらカーリーを頼ろう。
暫くして、兵士たちが遂にぶつかり合った。
至る所で金属音が響く。
彼方此方に魔術師が放つ爆撃が落ちる。
兵達は傷付き、膝をつき、時には倒れ込み命の終わりを覚悟している。
だが、その度に周囲を漂っている治癒の魔力が集り傷付いた兵達を包む。
傷は癒され、戸惑いながら自らの体を確認する。
ある者はそのことに惚け、茫然と立ちすくむ。
ある者は再び剣を握り、敵兵に狙いを定め歩きだす。
止めを刺したと勝ち誇った顔をした兵士は、纏わりついた治癒の光の後に立ち上がる兵を見て、目を見開いて動きを止める。
何度でも、何度でも……
争いが終わるまでそれは繰り返される。
治癒の光が舞うごとに私の魔力は吸い取られてゆく。
「カーリー、もう限界。魔力、借りるね」
「主様、遠慮は要りませんよ。吾輩の魔力はこの程度の放出では減ることすらありませんので、思う存分お使いください!」
その言葉に甘え魔力を補充する。
カーリーから絶えず流れ込んでくる魔力に物言わせ、さらに強い治癒の力を籠めてゆく。
もっと、もっと、誰1人その命を失わぬように……
「何をやっている!アザール!それでも帝国の騎士か!」
騎士団長は皇帝の叱咤に整った顔を歪ませ、獣のような咆哮と共に剣を光らせ斬撃を飛ばす。
その斬撃の後を治癒の光が後追いし、切り裂かれた兵達を次々に癒してゆく。
王国側の上空からは帝国の兵に向かって大きな雷が2度3度と落ち、たくさんの兵を黒焦げに変えてゆく。エレオノーレの大規模魔法のようだ。だがその兵達も次の瞬間には元に戻り、互いの無事を確認し安堵して泣いた。
やがて、この可笑しな状況に気づきキョロキョロと辺りを見回す者達が続出した。そして空に浮かぶ狼と龍の姿を発見した兵が声をあげた。
――― ドラゴン?
――― 神獣様だ!
――― 聖女様もいるぞ!
次々に膝をつき祈りだす王国の兵士達……
1人、2人とそれは伝染するように広がり、ついにはほとんどの王国の兵が戦いを止めていた。
国王陛下は頭を下げ、エレオノーレはこちらに向かって手を振っているようだ。
その光景を見て、帝国の兵も手をとめる。
どうやら無抵抗に祈る者を切るほど、帝国の兵も腐ってはいないようだ。
「何をやっている!手を、足を、止まるなバカ者どもが!」
皇帝が叫ぶが、その言葉に従うものはいなかった。
私は、大きなため息をつきつつ地上へと降りてゆく。
歓声と共に距離を取った兵達によりできたスペースにゆっくり降りる。そしてカーリーにより地面へと降ろされた私は、覚えたての魔法で戦場に声を響かせる。
「まだやっても良いけど、私が!絶対に!誰も死なせないから!どうすんの!まだやるの?もうやらないの?どっちなの!」
そう言って2人の王を交互に睨んだ。
兵達は膝をつき顔を下げ、2人の王はうなだれるばかりであった。
こうして、王国と帝国のいざこざは開戦直後に誰一人傷付くことなく終結した。
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