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2-1 雪乃と翔子
小樽を訪れる観光客は、四月が最も少ない。
冬はスキー、夏は避暑、秋は美味しいもの。春は桜──と言いたいところだけれど、残念ながら桜の開花は、小樽では五月。
「でも、だから私はオススメだけどなぁ。人が少ないから、歩きやすいよ」
そう言う翔子に雪乃が誘われたのは、四月の中旬だった。桜はまだ咲いていないけれど、つぼみは少し膨らみかけている。いつもの中央橋で待ち合わせたおかげで、大輝が「どこ行くのー」とうるさかったけれど、彼は人力車の予約が入っていたそうで、慌てて出かけて行った。
「ああ見えて、仕事は出来るからなぁ。だから人気なんかなぁ?」
いつもいつも、雪乃のことにうるさくて、仲間たちにもちょっかいばかり出しているけれど。大輝が持っている知識は誰よりも豊富で、それだけはみんな尊敬していた。
中央橋を出発して、二人は堺町通りに入った。観光客が少ないとは言っても、地元の人は半分以下だろう。
雪乃はNORTH CANALの宿泊客に出す茶菓子を選びながら、翔子と一緒に雑貨を見ながら、南へと進む。よく行く店の店員には、二人は既に覚えてもらっている。
「私が初めて来たのは、高校の修学旅行やったから……もうすぐ十年かぁ。まさか、こっちでゲストハウスするとは思ってなかったわ」
堺町通りをメルヘン交差点で折り返し、小腹が空いて選んだ喫茶店は、商店街の中。階段を上がって通された二階の一角の、テーブルの上にはクリームぜんざいが二つ。
「十年前かぁ……。私もまだ、何も考えてなかったなぁ。俥夫になるとも思ってなかったし。でも、なって良かったと思うよ。楽しいし。ユキちゃんも、楽しそうだよ」
「そう、かなぁ。確かに、普通にOLになってるよりは楽しいかな。OLしたことないからわからんけど」
いただきます、と言ってから、クリームをスプーンにとった。器の中にはぜんざいと求肥餅も入っているけれど、クリームが多いので隠れてしまっている。
「私と翔子ちゃんって、仕事は違うけど、やってることは一緒なんかな。毎日、いろんな人と関わって、季節にも左右されて」
「そうなのかなー。……そうだねー。観光客がいなかったら、仕事にならないもんね」
それでもアイツは常に誰よりも稼いでるよ、と笑いながら翔子が言うのは、もちろん大輝のことだ。知識が豊富なのはもちろん、客を誘ってくるのも、話をするのも上手い。翔子はいつも見かけた観光客を誘っているけれど、彼は予約の常連客がいる。
クリームぜんざいを食べ終えて、翔子はすこしだけ真剣な顔をした。
「ねぇ、雪乃ちゃん──来週、行くんでしょ?」
それは、二月にNORTH CANALに一人でやってきた晴也のところへ、だ。
彼に会いに行くことは出会ったときに決めていたし、彼がゲストハウスを離れた後で、連絡もつけた。雪乃が彼を訪ねるのは、ゴールデンウィーク前の四月下旬になった。
「晴也さん……何があったんかな」
「私が見つけたときは、単に道に迷って困ってるのかなーって思ったんだけど、違うよね、絶対。何かあるよ」
「うん……。メールでは別に普通やったんやけどなー。まぁ、ちょっと会って、元気かどうか見るだけやから」
「やっぱり、距離は置くんだね」
少し笑う翔子に、雪乃は、うん、と頷いた。
「無理には聞かない。あくまでお客さん」
「そっか……でも、雪乃ちゃん、誰か近くに置いとかないと、また……、あいつ、うるさいよ」
「……置いたら置いたで、それもうるさい」
雪乃が晴也を見送って小樽駅まで行ったとき、彼との関係をとても気にしていた。雪乃はそのまま振り切ってNORTH CANALに戻ったけれど、大輝が事務所でうるさかったことは既に聞いている。
「晴也さんって、彼女いるのかな」
「どうかな? って、私べつに」
晴也のことは特に気にしていない、と言う雪乃に、翔子は「本当に~?」と笑う。
好きか嫌いかと聞かれれば、もちろん好きではあるけれど。
小樽に何をしに来たのか、本当はすごく気になっているけれど。
「ほんまにお客さん! 翔子ちゃんだって──」
客との恋愛は禁止だろう、と笑いながら、雪乃は席を立った。
商店街を出て浅草通りに出ると、金融資料館前で大輝が俥を停めようとしていた。プラタナスのほうを見て、木のウンチクでも話しているのだろうか。
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