6人が本棚に入れています
本棚に追加
2-5 迷い ─side 晴也─
雪乃が訪ねて来ることは、なんとなく予想していた。
予約の時点で可能性があると言われていたし、宿泊中もひとり静かで、おかしかっただろう。他の宿泊客とはほとんど話さず、二日目は思いっきり身体を冷やして戻った。みんなと話したかったけれど、そんな気分にはならなかった。雪乃の初日の心遣いは、本当にありがたかった。
仕事の都合で一人暮らしをしているが、雪乃が来る予定の日は、実家に戻る週末だった。両親にも経緯を簡単に説明して、前日の夜に車で帰省した。
「あんた、その子に気に入られたん?」
「違うって、一人でわざわざゲストハウスに泊まって、静かにしてたから心配されただけ。ちょっと来るだけやって」
「ふぅん……でも、わざわざ北海道からやろ?」
「出身は大阪の南のほうらしいよ」
そのせいか、雪乃には少しだけ親近感が湧いていたが、それ以上でも、それ以下でもなかった。年齢が離れているのもあって、好かれているとも思わなかった。
けれど、わざわざ飛行機で来る相手を少しの時間で帰らせるのは、申し訳なくもあった。ちょうどテレビでパンダのニュースを見ていたので、一緒に行こうと誘った。雪乃が和歌山で一泊することは、来る前に聞いていた。
連休前の週末なのもあってか、高速道路は渋滞していた。ひと足早く連休になった人もいるのかと、運転席で呟いた。
「そうかもしれないですね。五月になったら、確実に混むし、早めに行くんかも」
本当に高速道路なのか、と思うほどに、車は進まない。それでも音楽を流して静かにはしていなかったし、雪乃もいろいろな話をしてくれた。出身地が近いことと、小樽が好きなのが一緒で、会話には困らなかった。
和歌山市内から約二時間かけて、白浜に到着した。
本当ならば雪乃を案内すべきだが、子供の頃に来て以来なので何も覚えていない。
「私もです。幼稚園のときかなぁ……。オルカのぬいぐるみ買ってもらったことだけ覚えてます。背びれのところ押したら、音が鳴るんですよ」
音の真似をしながら雪乃は笑い、パーク内に入った。動物を見ながら進み、お昼のイルカショーにちょうど間に合った。
「そういえば、おたる水族館、あそこ海獣が多いですけど、行きましたか?」
「二回くらい行ったかなぁ。入口にタコいるね。ピンクと水色の」
「ははは! 私も何回か行ってるけど、実は海獣エリアは行ったことなくて……。離れてるからかなぁ。気にはなってるんですけどね」
二十分ほどのイルカショーを見た後は、イルカを見ながらデッキでホットドッグを食べた。
それからサファリワールドでバスに乗って、帰りにお土産を買った。雪乃は両親と友達に、僕は会社の同僚たちに。このまま神戸に戻る予定だったので、今回は両親には無しだ。
雪乃の帰りの飛行機に間に合うように白浜を出て、空港の対岸の駅で別れた。それから雪乃は飛行機に、僕は再び高速道路に乗って、家路についた。
雪乃と二人で楽しむ姿は、周りの人からは恋人に見えたかもしれない。
けれど実際、そんなつもりはなかったし、もちろん雪乃も同じだったと思う。
『雪乃ちゃんは知ってんの? あんたのこと』
「いや……何も話してない」
家についてしばらくしてから、母親から電話があった。
『たぶんやけど、見てたわ、写真。居間に飾ってるやつ』
「あー……」
『雪乃ちゃんが気にしてなかったら別に良いんやけど、まぁ、あんたが決めい。もう会う予定ないんやったら言わんでもええけどな』
自分が独身なのはNORTH CANALで話したし、きょうだいがいない事も、実家で話していた。居間に飾ってある写真に写っているのが婚約者だとは、雪乃も気付いたかもしれない。
だとすると──。
そんな相手と出かけることを、雪乃は戸惑っただろう。
抱えた事情を言うべきか、僕は迷っていた。
最初のコメントを投稿しよう!