2-8 八月の終わり ─side 翔子─

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 2-8 八月の終わり ─side 翔子─

 ぽっ──ぽっ──。  低く、もわん、とした音が、上の方で鳴る。  注意しないとわからない小さな音で、ガス燈が点いていく。  お土産を買って駅へ急ぐ人たち、夜の街を楽しみに来た人たち、たくさんの人が行き交う五叉路では、蒸気時計も汽笛を鳴らしている。  都会は夜も明るいけれど、小樽は静かになる。  夕暮れの町並みを案内したいけれど、今日はもうダメか──と俥を移動させようとしていると、若い女性の四人組に声を掛けられた。 「すみません、このへんで予約なしで泊まれるところってありますか?」 「出来れば、近くに花火できる場所があれば……」  おそらく要予約のホテルのほうが少ないけれど、今の時期はきっと満室だ。彼女たちもいくつか問い合わせてみたらしく、全部ダメだった、と言った。 「ホテルかぁ……ホテルが良い? ゲストハウスは?」 「ゲストハウスだったら、オススメあるよ!」  私が案内しているところに、大輝が現れた。彼も近くで待機していて、私と彼女たちの話が聞こえたらしい。 「ここ、ずーっと真っすぐ行って、中央通りのちょい向こう。部屋、空いてるか聞いてみようか」 「あー待って、私が掛けるよ、……拒否されたら、この子たち可哀想」  私の言葉の意味を理解したのか、大輝は大人しくなって四人組の相手をしていた。私と大輝が仲良くなったと聞いてからはマシになったけれど、雪乃はまだまだ大輝には冷たい。大輝が雪乃に電話して、無視をされたら困る。  私の電話に雪乃はすぐに出て、部屋は空いてるという返事だった。 「ただ、晩ご飯の準備がないから、外で済ませて欲しいみたいだけど」 「大丈夫です! ありがとうございます!」 「朝ご飯はあるから、安心してね」  メルヘン交差点からNORTH CANALまでは少し遠く、道も分かりにくいので、大輝と二人で案内することになった。人力車初体験の彼女たちは、興奮しながら二手に分かれて乗る。  堺町本通り──は南への一方通行なので、臨港線に出て北へと進む。客として乗せたわけではないので特に観光案内はせず、けれど聞かれたことにはちゃんと答えてあげる。前を走る大輝を追いかけ、約十分でNORTH CANALに到着だ。  例のごとく、乗車賃はもらわずに、四人組がNORTH CANALに入ったのを確認してから私は大輝と坂道を下りる。勤務時間はまだ残っているので、とりあえず中央橋を目指して歩く。  もちろん、横に並ぶのは無理なので、大輝が前を行く。人力車は車扱いなので車道を走るのは正直怖い。けれど、この時間はもう、交通量はそれほど多くない。 「あの子たちが初めてじゃない? NORTH CANALに予約なしで、紹介で泊まったのって」 「あーそうかも? 今頃ユキ、バタバタしてるんやろうなぁ」  俥の陰になって見えないけれど、前を行く大輝が笑っているのがわかる。中央橋の上の広場で、俥を並べて停めた。 「年齢も近そうやったし、一緒に花火してたりして」 「いいなー、私も行こうかな」  だったら俺も行く、と大輝が笑うので、男子禁制だよ、と言うとしょんぼりしていた。 「それに、その格好じゃ、行っても危ないよ」 「え? なんで?」 「最近また焼けて黒くなったでしょ? ユキちゃんに、黒いからわからなかった、って火を向けられたりして」 「うわー、怖ーい、嫌それ! てゆーか、翔子ちゃんまで、そんな、黒いって……」  前はスガッキーだったけど、大輝は私の呼び方を変えてくれていた。  他のみんながいる所でもそうだから、もちろん噂が立った。  大輝はようやく雪乃を諦めて私と付き合うことになった──それは、実はまったく正解ではないけれど。大輝は相変わらず、雪乃を見かけると追いかけてるし、私ともまだ友達だけど。 「今度の日曜日さぁ、花火大会行けへん?」 「日曜日? 仕事休めないでしょ?」 「大丈夫、祝津やから、終わってから車飛ばす!」  デートの誘いと、彼の車に乗せてもらえることが嬉しくて。  頬を緩めていたら他の俥夫がやってきて、イジられてみる八月の終わり。
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