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1-1 中央橋にて
列車を降りて改札を抜けると、駅舎の外は雪が積もっていた。たくさんの人が横断歩道の両側で、信号が変わるのを身を縮めて待つ。バスに乗る人、タクシーに乗る人、降りてきて目的地に向かう人。大通りが交差する信号はいつも人が多い。
バスターミナルを横目に大勢の人の後ろに立ち、向かいの信号が青に変わるのを待った。駅前には大きなビルもあって、スーツを着て歩いている人の姿も珍しくない。
信号が青に変わり、ピヨ・ピヨ、と鳴く横断歩道を足早に渡る。中央通りはなだらかな下り坂で、目の前には青い空が見える。道の先、ビルの間に見えるのは日本海に続く石狩湾だ──と、雪が積もった下り坂をよそ見して歩くのは危険だ。
中央通りを横切る路線跡地を渡り、さらに坂を下る。最も開けた交差点を渡ると、そこには観光地と化した小樽運河が南北に伸びている。
「あっ、ユッキーだ、おかえり」
「おかえりー」
高松雪乃の姿を見て、中央橋にいた青年たちが口々に言った。
彼らは観光客たちを乗せて名所を回る、人力車の俥夫だ。わけあって彼らと仲良くしているが、雪乃は俥夫ではない。
「ただいま。今日も人多いですね」
「うん。大輝もさっき一時間くらい走って帰ってきて……、いま休憩かな?」
坂本大輝も俥夫のひとりで、出身地が雪乃と同じだった。二歳上の彼には子供の頃、よく遊んでもらった記憶がある。高校は別だったのであまり会わなかったが、メールだけは頻繁に届いていたし、今でもよく届く。
ふと雪乃が海のほうを見ると、背の高い人が歩いてくるのが見えた。
「あっ、来た、クロンチョ」
「そう、俺、真っ黒クロ……、こら!」
子供の頃は特に気にならなかったが、大輝は他の人よりも肌の色が黒い。人力車の仕事を始めて日焼けすることが多くなってから、特に目立つようになった。
「だって、いま冬やのに既に黒いし。それ以上焼けたら、着てるのも黒やから、境目わからん」
「ちょっ……、確かに……黒いけど……。さっきのお客さんにも、沖縄出身ですか、って聞かれたなぁ……」
運河の柵にもたれてそんな話をしていると、近くにいた女性俥夫が話しかけてきた。
代わりに今まで話していた青年が、観光客を誘いにどこかへ出かけて行った。
「大輝君、ちゃんと日焼け止め塗ってる?」
「塗ってなーい」
「ダメだよ塗らないと、肌ボロボロになるよ」
大輝にレクチャーする須賀翔子は、小樽で唯一の女性俥夫だ。翔子より先に俥夫になっていた大輝に紹介され、同い年なのもあってすぐに仲良くなった。翔子は一人暮らしをしているので、ときどき雪乃の家に招いて母親と三人で女子会をしている。
「それよりユキ、なんでいっつもここまで下りて来るん? 駅からそのまま左行ったほうが近いのに。あっ、もしかして、俺に会いたいから?」
翔子との会話を中断して、大輝は雪乃に聞いた。
彼から直接聞いたことはないけれど、雪乃は大輝に好かれている気がしているし、他の俥夫たちもそう感じているらしい。けれど雪乃と大輝はただの幼馴染で、雪乃は彼を仲の良い幼馴染としか思っていない。
「はぁ? それはないわ。運動になるし、みんなに会えるし。あ、そうそう、これお土産。みんなで食べて」
雪乃は朝から札幌まで用事で出かけていて、夕方戻ってきた。立ち寄ったお店で京都フェアをやっていたので、自宅用と俥夫たち用にお菓子を買って来た。
「うわ、懐かしいー。八つ橋煎餅!」
学生時代を京都で過ごしていた大輝は、本当に嬉しそうにしていた。さっそく包み紙を破いて箱を開け、三枚入りの一袋を美味しそうに食べた。割れた欠片が歯茎に刺さったらしく、大輝は荷物からお茶を出して飲んだ。
「それじゃ、私、帰るから。みんな安全運転で、坂道気をつけて」
バイバイ、と手を振る雪乃に、翔子が「送って行こうか?」と提案したけれど。
人力車に乗りたそうにしている観光客が集まっていたので、雪乃は断った。運河沿いを北に向かい、龍宮橋の交差点から再び坂を上った。
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