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3-5 雪あかりの路
中央橋から南側は、いつもの夜より賑やかだった。
運河沿いの遊歩道を、雪乃と晴也は並んで歩いた。途中、階段を降りようとしているところで大輝に見つかったけれど、二人の雰囲気から何かを察してか、彼は話しかけてはこなかった。
「雪乃ちゃんは、今まで来たことある?」
「うーん、チラッと見たことはあるけど、じっくり見たことはないかも」
明かりで道は見えるけれど、夜なのでもちろん暗い。
隣の晴也がどういう表情をしているかは、少しわかりにくい。
「晴也さんは、あるんですか?」
「うん。何回かね。ここ何年か、毎年来てたから……」
誰と、とは言わなかったけれど、婚約者だろうと雪乃は思った。晴也は立ち止まり、並んだキャンドルを見つめた。雪の中のオレンジの光が、なぜかとても切ない。
雪乃と晴也が恋人ではないからだろうか。
それとも、晴也の婚約者のことだろうか。
晴也からは何も聞いていないので雪乃の勘でしかないけれど、雪乃はなんとなく確信していた。そうでなければ、晴也が一人で小樽に来る理由が浮かばない。
再び歩いて浅草橋に出て、浅草通りから手宮線に入った。普段は人がいない時間なのに、いまはとても多い。
「晴也さん……大丈夫ですか?」
NORTH CANALを出て、並んで歩いては来たけれど。
進む度に晴也の足取りは重くなり、やがて言葉も出なくなった。
「ああ──ごめん。雪乃ちゃん、実家で……写真、見た?」
「写真……、見ました。……綺麗な人ですね」
「やっぱり見たかぁ。綺麗……やったよ。それに、強かった。だから、結婚しようと思ってた」
「思ってた、って……いまは、思ってないんですか?」
思っていない、というより、思うことはもう出来ない。だから聞くのが辛かったけれど、何を聞くのが正解かわからない。
晴也はしばらく空を見上げて、やがてまた、歩き出した。
何と言えば良いのか、考えているのだろうか。もし、雪乃が逆の立場だったら、スッと言えるだろうか。
「晴也さんが言おうとしてること、私、たぶん……知ってます。一昨年、ですよね」
雪乃が言うと、晴也は少し驚いた顔をした。
晴也ではなく、雪乃が先に足を止めた。
「でも、そうなら、私……言葉、出ないです……」
一昨年の冬──。
晴也とはもちろん、婚約者とも面識はなかったけれど。
当時の出来事は、はっきりと覚えていた。
「その、ことを知って、でも、近くには行けなくて、見守ってるしか、出来なくて」
晴也が黙って聞いているのは、それが正解だからだろう。雪乃は当時のことを言おうとしたけれど、涙が出てきて上手く言葉にならない。
「次の日、ニュースで」
「もういい、言わなくて良い。ありがとう、もう、いい」
「良くないです──!」
雪乃が言い返そうとすると、ボフッと音がした。
前が見えない、音も聞こえない。状況を把握しようとして、晴也の腕の中だとわかった。大輝ほどではないけれど晴也も背は高いので、雪乃を閉じ込めるくらいは簡単だっただろう。
「ごめん、今だけ……ごめん……」
雪乃を静めるためだったのか、自分の気が沈むのを止めたかったのか。
晴也が当時どれほどの気持ちだったのか、雪乃にはわからない。わからないけれど、大切な人を失う辛さは、どれほどの涙があっても枯れることはない。雪乃は恋人以外から抱き締められた経験はなかったし、これからもその予定はない──けれど今は晴也が望むなら、何をされても構わない、と思った。
ようやく離れてお互いの顔を見たとき、照らさなくてもわかるくらい、二人とも泣いていた。晴也は持っていたハンカチを出して、雪乃の頬を拭いた。
「そう……彼女とは、毎年この時期に来てた。あのときも」
雪乃はまた泣きそうになってしまったけれど、いちばん辛いのは晴也だ。彼が歩き続けるので、雪乃も後を追う。
「それまでお世話になってたホテルが閉鎖になるって知って、次に泊まるところを探して、夏鈴──彼女が、NORTH CANALを見つけた。その、次の日やった」
二年前の、二月上旬。
NORTH CANALの近くで、大きな火事があった。焼けたのは一戸建て民家で、大人たちは無事に逃げ出した。けれど、まだ小さい子供が中にいる、と──。
「ちょうど僕ら、NORTH CANALを探して近くを歩いてて……夏鈴がさ。あいつ、自分も火事で両親を亡くしてるから、って……」
消防車の到着を待たず、夏鈴は火の中へ入っていった。もちろん、晴也は止めたけれど、夏鈴は聞かなかった。風が強い小樽では火の回りも早く、すぐに炎は大きくなり──夏鈴は無事に、子供を救出した。けれど、それから運ばれた病院で、夏鈴は息を引き取った。
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