3-6 言えない言葉

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 3-6 言えない言葉

「あいつ、最後に……僕一人でもNORTH CANALに泊まりに行け、って言ってた。だから去年、一人で……。今年は、なんでかな」  雪乃が晴也と雪あかりの路を見に行った翌朝、二人は一緒に夏鈴の墓参りをした。雪乃が行きたいと言うのを、晴也は断らなかった。夏鈴は身寄りがなかったから、小樽が好きなのもあって、ここの墓地に入ることになった。晴也が去年、一人で外出したのは、墓参りだったらしい。 「去年、なんで晴也さん一人で来たんかな、ってずっと考えてて……今年の予約が入ったあとで、なんとなく気付いたんです」  本当は、晴也と夏鈴に一緒に泊まりに来てほしかった。けれど、そんなことは、彼には言えなかった。晴也は墓石を綺麗に掃除して、夏鈴が好きだった花を最後に供えた。 「私、ときどき、お墓参りしても良いですか? 晴也さんは、頻繁には来れないですよね。だから、させてください」 「……でも、雪乃ちゃん、夏鈴のことは」 「知らないですけど、もう、他人とは思えないです」  晴也の知らない間に誰かが参ってくれたのか、晴也が供えたのとは別の花が花立てで枯れていた。もちろん、誰かが供えてくれるのは有難いけれど、自分が選んだ宿の人のほうが夏鈴も嬉しいだろう。  去年は凍えるまで墓地にいた晴也は、今年は雪乃と一緒に早くに引きあげた。もちろん、晴也は夏鈴と話したそうにしていたし、雪乃もそれを止めはしなかった。みんなに心配された去年のことを、晴也は少し反省しているらしい。 「夏鈴のことは両親には話してたけど……雪乃ちゃんにも話せたから、だいぶ落ちついた。ごめんね、昨日……それから、ありがとう」 「私は……晴也さんが元気だったら、それでいいです」  それが嘘か本当かは、雪乃にもわからない。  晴也が元気なら良いのは事実。でも、それだけでいい、と断言はできなくなった。  NORTH CANALに戻ると、なぜかドアの前に大輝と翔子がいた。 「どうしたん、二人して……」 「仕事だよー。四名様、おたる水族館まで」 「え? 人力車で? クロンチョはいいけど、翔子ちゃん大丈夫? 遠くない?」 「うーん……休憩しながら行くから、大丈夫かな?」  雪乃と翔子が話している間に、支度を終えた四人組が姿を現した。ノリアキとジローは大輝が、モモとアカネは翔子が運ぶらしい。 「それよりユキ……、まぁいいか……またLINEするわ」 「せんでいいし」  翔子に、気をつけてね、と言ってから、雪乃は家の中に入った。後を追う晴也を大輝が見ていた気がするけれど、気にしたところで何も変わらない。大輝は翔子と仲良くしてほしいし、晴也は大切な客だ。  高松家の仕事が落ち着いてから、晴也は改めて律子に自分の一人旅の理由を話した。火事のことは律子も覚えていたので、雪乃と一緒に墓参りに行くと言っていた。 「そしたら晴也君、来年も来るんかな?」 「来年は……ちょっと、考え中です。もちろん、墓参りには来ますが……考えてることがあって……。決まり次第、連絡します」 「そう? 常連さんになってくれたら、料金負けとくよ?」  冗談のような本当の話をしながら、律子は笑っていた。どこにも大きくは書いていないけれど、NORTH CANALでは三回目の宿泊から、料金は値下げになる。  それからしばらくして律子は買い物に出掛け、NORTH CANALには雪乃と晴也の二人だけになった。平日なので父親は仕事に行っていて、四人組もまだまだ帰らない。 「雪乃ちゃんにお願いがあるんやけど」 「はい? なんですか?」 「また──来てもらえるかな? 実家に。両親が、会いたいってうるさくて……あ──嫌なら、良いよ」  それは雪乃が『気になる客に会いに行く』のではなく、『遊びに行く』ということ。晴也との関係を考えて悩んだけれど、断る理由はない。  雪乃はようやく晴也の連絡先を個人的に入手し、さっそくゲームで対戦したり無駄にLINEをしたりしていた。ちょうど盛り上がっているところに四人組が戻ってきて、アカネがニンマリしながら雪乃に詰め寄った。
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