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3-7 夏鈴との約束 ─side 晴也─
小樽駅の改札を入って振り返ると、見送りに来た雪乃が手を振ってくれていた。列車の発車まであまり時間がなかったので、僕は歩きながら手を振り返した。
「また来てくださいね」
その言葉に頷きながら、エスカレーターを上る。雪乃の姿はだんだん見えなくなり、ホームにつくと発車ベルが鳴っていた。
夏鈴が亡くなって、二年が経った。
一年目は悲しみに耐えられず、ただ泣いていた。
雪乃に全てを話した今年は、少しだけ前向きだ。
一昨日の夜、思わず彼女を抱きしめたことを、後悔はしていない。もちろん、雪乃がどう思ったのか、彼女に恋人がいるのかも、僕にはわからない。
(いたら……仲良くはしてくれないか……)
雪乃が実家を訪ねてきてから、彼女は両親のお気に入りになった。週末に帰る度にもう来ないのかと聞かれるし、最近は雪乃をお嫁さんに、と言うようにもなった。何度か会っている僕ならともかく、両親は数時間しか話したことがない。
第一、雪乃のことは好きではあるが──彼女は夏鈴のことを知った以上、僕とは前より距離を置くだろう。
空港に着く前に、雪乃からLINEを受け取った。気をつけて、の一文と、『今度は選手権に参加してくれよ!』と書かれた常連客四人の変顔集合写真だった。
それは嫌だな、と笑いながら画面を閉じて列車を降り、両親へのお土産を買った。
諸々の報告をするために、実家に寄る予定にしていた。
小樽からの帰りに実家に寄るのは、初めてかもしれない。
いま住んでいるところとは空港から逆方向で、交通の便も悪い。
そういえば雪乃は六時間かかったと言っていたな、と思い出し、腕時計を見た。実家の最寄りのバス停に着いたのは、午後七時前。
実家に寄ることは連絡していたので、玄関を開けると母親が顔を出した。
「おかえり。外は寒いやろ?」
「いやぁ……北海道に比べたら温いわ」
和歌山でも最低気温がマイナスになることはあるが、それは一桁だ。今朝、起きたときに部屋の温度計を見ると、マイナス十五度だった。常連客達が朝から集まって、押し競まんじゅうをしていた。
とりあえず荷物を置いて、両親にお土産を渡す。洋菓子はあまり受け付けないらしいがバターサンドは別らしく、団子は母親の好物で、蒲鉾は父親の酒のあてだ。
会社へのお土産は鞄の中に入れて、母親が入れてくれたお茶を飲んだ。
「雪乃ちゃんは、元気やった?」
さっそく来たか、その話。
「うん、元気やったよ。いつになるかはわからんけど、遊びに来てくれるって」
本当に、いつになるかはわからない。前回は春に来てくれたが、今年も春が暇だとは限らない。今のところNORTH CANALに予約は入っていないらしいが。
「あの話はしたん? 夏鈴ちゃんのこと」
「した。したっていうか、火事のことは知ってた」
だから雪乃も母の律子も、定期的に墓参りをしてくれることになった。僕は一年に一回しか行けないから、本当にありがたい。他に花を供えてくれている人がいたので、それが誰なのかも調べてもらうことになった。
「あんた、夏鈴ちゃんと、約束してたやろ? どうすんの?」
「約束? ああ──あれか……」
夏鈴にプロポーズした時、小樽に移住しようと言った。
そのつもりであちこち調べたけれど、もう隣に彼女はいない。彼女が眠る場所へ引っ越すことは出来るが、何もかもが一からやり直しだ。
移住したとして、仕事はあるのだろうか。
夏鈴は、何て言うのだろうか。
NORTH CANALの常連になる道がなくなると、律子は悲しむだろうか。
「畑、手伝ってもらえんようになるのは嫌やけど、晴也の人生やからな」
一晩ゆっくり考えた、というより、既に答えは出ていた。
両親に話して、反対はされなかった。
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