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1-3 二月のとある朝
二月の小樽は、もちろん朝から寒い。
最低気温はマイナスで、最高気温もやっぱりマイナスだ。
雪乃は小樽に来て数年が経つので少しは慣れたけれど、元々は大阪にいたので寒さには弱い。たまに観光で来る人たちには、もっと辛いだろう。
「滑らないように気をつけてね」
という律子に見送られ、雪乃はスキー客たちと一緒にNORTH CANALを出た。今日は彼らは旭山動物園まで行くらしく、雪乃は見送りだ。
「雪乃ちゃんも一緒だと、もっと楽しいのになぁ」
小樽駅の改札の前で、ノリアキが言った。
「私は良いですよ。仕事もあるし……それに、ノリさんにはモモちゃんが」
「そうよー、そんなこと言ってると、私がモモをもらっちゃうよ?」
アカネは笑いながら、モモと腕を組んだ。もちろん、ノリアキが『人数が多いほうが楽しい』という意味で言ったことは、みんなわかっている。
「それじゃ、行ってくるよ。お土産、楽しみにしてて!」
「ありがとうございます。行ってらっしゃーい」
四人が改札を通ってエスカレーターを上るのを見届けてから、雪乃は「よし」と言って思い切って駅舎の外に出た。吹きつける風が冷たくて、思わず目を閉じた。
来る時は話しながらだったので気にしていなかったけれど、週末の早い時間なのもあってか、駅前にはまだ人はそれほど多くはなかった。休日出勤のサラリーマンたちが、足早にビルの中へと消えていく。通りに面した雑貨屋は、まだシャッターを閉めているところがほとんどだ。
「ユキ、朝から何してんの?」
中央橋まで下りると、全身を黒の衣装に包まれた大輝が雪乃を待っていた。俥夫たちは皆、朝からゴミ拾いをして、軽く運動をしている。
「常連のお客さんが、今日は旭山動物園に行くって言うから、見送ってきた」
「ふぅん。ジローさんたち? 今度、俺らも行く?」
「却下」
「瞬殺……。そうだ、スガッキーも誘って! あと、あいつとか」
大輝は、近くでウォーミングアップをしている俥夫を指差した。彼のことは雪乃も知っているけれど、もちろん雪乃は断った。ちなみにスガッキーとは、翔子のことだ。
「行くなら翔子ちゃんと二人で行く。あと、イケメンを」
「ちょいちょいちょい、ユキ、ここにイケメンいるし!」
大輝が笑いながら自分を指差すのを無視して、雪乃はそのまま歩き出した。
雪乃は大輝が嫌い、というわけではないけれど、恋愛対象にはならない。というより、してはいけない、と思っていた。その理由は雪乃の勘なので、彼にはまだ言えない。
「ユキー、まーたねー!」
振り返ると大輝が手を振っていたので、雪乃は前を向いてから、軽く手を挙げた。近くに先ほど話題になった俥夫がいたので挨拶をして、大輝がしつこくて困るよ、と彼のほうを見て笑った。
「事務所でも、ずっとユッキーの話してるからなぁ……」
「やめて、って言っといて。超迷惑」
「ははは! 一応、言っとくー」
お願いしますね、と雪乃は笑い、彼にはちゃんと手を振ってから、再びNORTH CANALを目指した。
そんな光景を離れて見ていた大輝は、もちろん、すぐに彼に駆け寄った。
「ちょっと、ユキと何話してたん?」
「えー、秘密! 俺とユッキーの秘密!」
秘密って何? と言いながら、大輝は彼を上から見下ろした。彼のほうが背が高いので、威圧感がすごい。
「ユッキー、困ってたよ。おまえがしつこい、って」
「しつこい……。でもなぁ、ユキの彼氏って、聞いたことないからなぁ。俺も他に知り合いの女の子いないし……」
しょぼん、としながら、大輝は中央橋の方へ戻ったけれど。
それは少しの間だけで、また雪乃の話をすることは、いつものことだった。
雪乃がNORTH CANALに戻ると、両親が待っていた。
スキー客たちを見送りには出たけれど、朝食はまだだ。
「昨日の残り物やけど、良いやろ?」
「うん。いただきまーす」
鍋の材料に切った野菜の残りを炒めたものと、インスタントの味噌汁。
ご飯ももちろん昨日の残りを、電子レンジでチンだ。
「お母さん、今日はお客さん、来るん?」
「えーっとねぇ……」
律子は引き出しに入れてあった手帳を出して、二月のページを開いた。
「えーっと……今日は日曜日……ああ、お客さん来るわ。今日から二泊してくれるわ。でも、珍しいねぇ、男性一人の連泊って」
でもそれも良いかもね、なんて言いながら律子は手帳を元に戻し、そのまま食事を続けた。テレビでは天気予報をやっていて、今日も気温は上がりません、と出た。
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