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1-7 謎を残したまま
事務所のソファに腰掛けて、のんびりとスマートフォンでLINEをしていた。いつも通り出勤したけれど、雪がやむまで待機になった。待っているうちに、午後になった。
LINEを開いて、選んだトークの相手は友人だ。彼女もこの時間はすることがないのか、メッセージはすぐに既読になった。返ってきた返事を読んでいると、同じく事務所で待機している青年に呼ばれた。
「スガッキー、何してんの?」
彼──大輝は翔子の前に椅子を持ってきて、背もたれのほうを向いて座った。
「ん? 雪乃ちゃんとLINE。今日はお客さんもゴロゴロしてるって」
「ふぅん……この雪やからな……」
「でも、一人だけ出かけてったらしいよ」
「え? 一人で?」
それが晴也だということは、翔子にも伝えられていた。NORTH CANALに案内してから、翔子も彼のことを少し気にしていた。
「昨日、道に迷ってたから私が案内したんだけどね。大丈夫かなぁ……」
「スガッキー、その人、男? 何歳くらい?」
大輝が聞いたのは、雪乃のことが気になるからだろうか。
「……大輝君よりちょっと年上かな? 好青年だったよ」
「うーわー、ユキが……!」
大輝の叫びを半分無視して、翔子は雪乃とのLINEを続けた。
晴也はたまに笑う以外はほとんど表情を崩さず、出かける時も辛そうだったらしい。
『また今回も出そうだね、雪乃ちゃんのいつもの癖』
『うん。事情を聞こうとは思わないけどね。たぶん、行く』
NORTH CANALに事情を抱えた客が来たとき、雪乃はいつも数ヶ月後に会いに行っていた。そういう可能性があることは、宿泊客全員に予約の時に了承をもらっている。小さい子連れの夫婦には、子供の成長を見たくて会いに行ったし、もちろん、いま滞在中の常連客には一家そろって会いに行った。
晴也に会いに行くことは、彼が到着したときにほぼ確定していた。
その日、晴也がNORTH CANALに戻ってきたのは、ちょうど陽が沈む頃だった。道は覚えたから大丈夫だと言っていたけれど、雪は一日中、やまずに降り続けた。
「どうしたんですか、すごい、血の気引いてる……」
ずっと外にいたのかと思うほどに、晴也の顔は青白くなっていた。すぐに温かい部屋に入って温めたけれど、なかなか元には戻らない。
「ちょっと、男で悪いけど──って、冷たっ!」
晴也の手を温めようとジローは彼の手を握ったけれど、あまりの冷たさにすぐに離してしまった。
「すみません、冷たくて……」
「晴也君、先にお風呂入る? 温まっておいで」
「はい、ありがとうございます、そうします」
晴也は震えながら部屋に戻り、やがて浴室のドアを開ける音がした。
「あいつ、何してたんだろう?」
「さぁ……とりあえず、氷みたいに冷たかったぞ」
夕食時、ジローは晴也が何をしていたのか尋ねたけれど。
晴也は決して、答えようとしなかった。
翌朝、雪乃は晴也と一緒に小樽駅にいた。通勤通学時間は過ぎたので、混雑はしていない。晴也は小樽での用事をすべて済ませたらしく、これから帰宅する。
「本当は、皆さんといろいろお話したかったんですが──」
晴也がどうして一人で来たのか、昨日は何をしていたのか、結局誰も話を聞けなかった。このまま別れてしまうのは心残りだけれど、無理に言わせるのは悪いと思った。
だから雪乃は何も言わず、気をつけて、と笑顔で見送った。
そして彼が見えなくなってから駅舎を出ると、バス停の交差点の向こうに大輝の姿があった。
「スガッキーが連れてったのって、あの人?」
雪乃は彼には反応せず、そのまま中央橋を目指した。大輝は停めてあった俥を動かして、雪乃のあとをつける。
「ユキ、今の人とどういう関係?」
「うるさいなぁ。お客さん。以上」
雪乃には大輝の相手をしている時間がない、というよりは、晴也のことで頭がいっぱいで、他のことは考えたくなかった。
彼には何も聞かなかったけれど、本当はものすごく気になって仕方がない。
どうして、他の客と一緒になる可能性があるゲストハウスを選んだのか。
どうして、スキーシーズンに一人でやってきたのか。
どうして、冷たくなるまで──おそらく──外にいたいのか。
NORTH CANALに戻ると、常連客達は晴也の噂話をしていたけれど。雪乃は参加する気にはならなかったので、そのまま自室に入った。
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