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シトラス系の爽やかな香りがふわりと鼻腔を擽る。
グラスと皿を手に空いていた僕の隣に腰を下ろしたのは、映画で同じ日本兵の役を演じる俳優だった。
稲垣諒真。
三間と同じアプローズプロモーションに所属する俳優で、年は僕より4つ上の今年24才。オーディション会場でも会ったことがあるので、彼とは「初めまして」じゃない。今日の顔合わせに来ている役者は経験豊富なベテラン揃いだが、僕や彼以外にも数名、オーディションで選ばれた人間がいる。
「あ、あの……、柿谷夏希です。よろしくお願いします!」
話をするのは初めてなので、畏まって挨拶する。
少し横に広い唇が更に伸び、ニッ、と愛嬌のある笑みを浮かべた。
「同期なんだからそんなに畏まらなくていいよ。夏希君って呼んでいいかな? 俺のことは諒真って呼んで。話すのもタメ語でいいから」
「いやでも、そういうわけには……」
お互いに俳優としては二年目だから、同期と言えば同期だが、稲垣は大卒なので年は4つも上になる。
彼のグラスが空なのに気づき、僕は慌てて近くにあったビール瓶を取り、ビールを注いだ。
彼もまた背が高く、日本人離れした彫りの深い顔立ちをしていて、見るからにアルファだ。しかし黒目勝ちの大きな二重の目が犬っぽくて可愛げがあり、三間と比べてアルファに対する苦手意識は感じない。
軽くグラス同士を合わせ、彼がビールに口をつける。
僕も、烏龍茶の入ったグラスを口元に運ぼうとして。
「晴さんのところに行きたいんでしょ? 俺が声をかけてあげようか?」
思わずその手を止めた。
「え……?」
「夏希君、さっきからチラチラ晴さんのほうを見てたから、挨拶にいきたいのかと思って」
晴さん――。僕も一度目の人生では、三間のことをそう呼んでいた時期があった。
というか、まさか三間を意識していたことを人に気づかれていたとは……。
「あ、いや、その……。先月一度ご挨拶はしたのですが、時間がなくてただ名乗っただけになってしまったので、もう一度ちゃんとご挨拶しないといけないと思っていまして……」
焦り過ぎて、しどろもどろになってしまった。
顔が赤くなるのもわかる。
稲垣がぷっと吹きだし、相好を崩した。大きな目が、人懐っこく細まる。
「別に告白に行こうとしてるわけでもないんだから、そんな焦んなくても……。夏希君って可愛いよね。オメガみたい」
一瞬ドキっとしたが、動揺が治まりかけていたので、なんとか演技力で平静を装った。
「それはよく言われます。うちの事務所はオメガは長期のロケを許可してもらえないので、僕はベータでよかったと思っています」
それだけでなく、事務所的にはオメガの場合は男でもカメラの前で上半身を露出させることもNGだ。今回の映画ではサイパンでのロケや上半身裸のシーンもあるので、一度目の人生ならオーディションを受けることも許してもらえなかっただろう。
「夏希君がオメガなら絶対口説いていただろうから、ベータでよかったよ」
稲垣の冗談に、僕はどう返事をしてよいかわからず、ははは、と愛想笑いを返すに留めた。
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