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「そうだ! 金田二等兵の役、おめでとう。夏希君だったのは正直驚いたけどさ。台本読み聞いたら、普段とはガラッと雰囲気変わるから、選ばれたのもわかったよ」
「あ……、ありがとうございます……」
さりげなく視線を逸らして答える。
間を持たせるためだけに、烏龍茶に口をつけた。
今回、オーディションで僕が勝ち取った役は、一度目の人生では稲垣が演じていた。
飛行学校で三間が演じる陸軍中尉から教えを受け、その厳しい指導に最初は辟易するものの、その厳しさが自分たちのためであることを理解し徐々に中尉に心酔していく若き兵士の役だ。最後は中尉も特攻に志願し、教え子たちと共に南方の海に散る。僕が演じる金田はその中で唯一生き残り、中尉の最期を看取って、恋人への遺言を託される。
兵士役の中では三間に続いて台詞と見せ場のある役どころなので、オーディションに参加した全員が、この役を一番に狙っていたのではないかと思う。絶対に無理だろうと半ば諦めていたから、金田役に決まったと白木さんから聞かされたときは、めちゃくちゃ嬉しかった。
ただ、この役を稲垣が演じていた世界を知っているだけに、彼に対しては申し訳ない気持ちがある。
「稲垣さ……諒真さんと三間さんだと……、アルファ同士で雰囲気が重なるので……、それで、僕が選ばれたんじゃないかと思います……」
謙遜で言ったのではなく、僕が選ばれたのは演技力の差ではないだろうと、本気で思っている。
一度目の人生では中尉も三間ではなく、別の俳優だった。日本人としては平均的な体格の、理知的で温厚そうな、おそらくベータの俳優だ。今回は主役がアルファだから、脇役が表向きはベータの僕になった。それだけの違いだろう。
「確かに、俺と晴さんが並んだら、日本軍じゃなくアメリカ軍に見えちゃうよね」
稲垣が冗談めかした口調で言い、僕も安堵の笑みを零した。
お互いに駆け出しの役者で、苦労話や失敗談は尽きるほどある。三間のところには相変わらず入れ替わり立ち替わり人が来るので、挨拶に行くタイミングを掴めず、稲垣と話し込んでいるうちに、飲み会はお開きとなった。
店の外に出て、監督やベテランの俳優陣を見送ったところで。「今なら行けそう」と稲垣に手を引かれた。
「晴さん! 夏希が晴さんに挨拶したいらしいけど、今いいですか?」
人と距離を詰めるのが上手いタイプなのだろう。話し込んでいるうちに、いつのまにか呼び方は、「夏希君」から呼び捨てに変わっていた。
周囲の店から漏れ出る光の下、こちらに顔を向けた三間が、軽く眉根を寄せた気がした。
一度目の人生では、嫌われる要素はこちらにもあったと思う。でも、今回はほぼ初対面なのだから、最初からそんな顔をしなくてもいいのでは。と秘かに思う。
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