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今度は構えていたから変な声は洩らさずにすんだけど。緊張しているせいですぐには言葉が頭に入って来ない。二、三回、言われた言葉を頭の中で反芻し、遅れて食べ物のことを訊かれているのだと理解した。
何を食べたら痩せられるか。そんなの僕に訊かなくったって、今の時代、ネットに腐るほど情報が溢れている。……と言うか、三間は痩せたいのだろうか。全然太ってもいないのに。
「何故……、僕にそんなこと訊くんですか?」
訊ねる声には、意図せずして不信感が滲む。
三間は、一瞬、考える素振りを見せて。
「知りたいから」
そんな答えとも言えない答えを口にした。
喜怒哀楽に乏しいその表情からは、後輩と他愛ない会話を楽しみたくて質問したわけではないことは感じ取れる。かと言って、太らない食事について、本気で知りたがっているふうにも見えない。
今度は僕が考え込む番だった。
……三間って……、そんな人だったっけ……?
その違和感には、覚えがあった。
年末の特番の収録で楽屋に挨拶に行った後、遅れて戻って来た白木さんが、なぜ僕が今回の仕事を選んだのか、三間に訊かれたと言っていた。あのときも、彼がそんなことを気にする理由がわからなかった。
僕も積極的に人と関わることが苦手だけど。一度目の人生では、僕以上に三間のほうが、人を寄せ付けない雰囲気があった。
一度目の人生で三間と共演した学園ドラマでは、三間と僕は先生と生徒役で、僕はカメラの前で演じていたキャラそのものの「あざと可愛い系男子」という役どころだった。
専務から、対外的には三間と仲が良さそうに振る舞うよう言われていたので、雑誌の取材や番宣のバラエティ番組では、ドラマのノリでボディタッチをしたり媚びるような態度を取ったりしていた。人前では三間も合わせてくれていたものの、嫌がっているオーラはなんとなく伝わってきたから、仕事以外では極力近づかなかったし向こうからのアプローチもなかった。あの夜以外はプライベートで会話らしい会話をしたこともなかった気がする。
少なくとも一度目の人生では、三間からとりとめもない会話をふられたり、僕個人のことに興味を持たれることは、ありえないことだった。
いつもとは逆に、低い位置からじぃっと見据えられる。まるで犯人に尋問する刑事のようなその顔色を窺いながら、重い口を開いた。
「おからです」
聞き取れなかったのか、あるいは言葉の意味を理解できなかったのか。三間が怪訝な顔をする。
「朝昼晩、おからばっか食べてたら、僕みたいにガリガリになりますよ」
邪険に聞こえたのは、自分の中にそういう感情があったからだろう。
筋肉がつきにくいのはオメガの体質かもしれないけど。痩せているのは、成長期に栄養のある物を食べられなかったことも大きい。特に母が亡くなってからは、商店街の豆腐屋で無料でもらえる「おから」が、主食であり副食であり貴重な栄養源だった。
食べる物に困ったこともない人間に「何を食べたら痩せられるか」と訊かれるなんて、貧乏を馬鹿にされているとしか思えなかった。
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