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一歩踏み出し、二歩分あった距離を半分に詰める。その上で、念のため声のトーンを落とした。
トレーニングジムの会費を払ってくれることと、台本読みに付き合ってくれることはめちゃくちゃありがたい。相手が三間でさえなければ喜んで話に飛びついていただろう。だが、相手は三間だ。
「協力したい気持ちは山々ですが、僕が三間さんの家に出入りして変な噂でも流れたら、三間さんも困るでしょう?」
「変な噂? オメガならともかく、ベータの俳優仲間がアルファの家に出入りしても、普通に友人として仲がいいと思われるだけだろ?」
さも何でもないことのように言われて、そう言えばそうだったと、自分がベータに擬態していたことを思い出した。
一度目の人生で僕と三間の関係が醜聞になって、三間が「二股男」と世間からバッシングを受けたのは、僕がオメガだったからだ。同性のベータとアルファが親しく付き合う分には、仲を疑われるようなことはないのかもしれない。
でも、だからと言って、気が進まないことには変わりない。この男に近づきすぎては駄目だと、架空の記憶が警鐘を鳴らす。それはきっと、一度目の人生でこの人に殺された可能性があるからではなく……。
断る理由を探しあぐねていつまでも返事をできずにいると、三間が小さく嘆息した。
「どうしても嫌なら、断ってくれていい。先輩の特権で無理強いしたいわけじゃない。料理なら家事代行を雇うという手もあるが、単に俺が信用できない人間を家に入れたくなかっただけだ」
「僕も、会うのは今日で二度目ですよ。そう簡単に信用しないほうがいいんじゃないですか?」
現に、自分がベータだと嘘を吐いている。オメガがベータと偽ってアルファに近づく行為は、何か裏があると思われても仕方がない。医者には「抑制剤を飲みすぎると耐性ができる」と言われているし、これからも完全にベータに擬態できるかは自分でも自信がない。
親しくなれば面倒ごとに巻き込むかもしれないと、暗に警告したつもりだった。
「お前が信用できる奴かどうかは、今はまだわからない。でも――。信用したいと、思っている」
こちらが怯むほどに真摯な眼差しを向けられ、今度こそ何も言えなくなった。
三間に近づくのは怖い。でも、その言葉を嬉しいと思ってしまう自分もいる。
きっと、同じだからだ。
一度目の人生で、僕を殺したのが三間かどうかはわからない。でも、そうでなければいいと思っている。彼を、信用したいと思っている。今度こそ、信じてほしいと思っている。
「迷ってるんなら、すぐに返事しなくていいから。とりあえず車取ってくるから、着替えて待ってろ」
三間は喋りながら椅子から立ち上がった。
「車? どうしてですか?」
「もう帰るんだろ? 家まで送って行く」
「え? い、いや、いいですよ。まだ電車動いてるし」
「仮にも芸能人だろ。夜遅くに一人で帰して、ストーカーに襲われでもしたら寝覚めが悪い」
返事を待たずに、背を向け更衣室へと歩いて行く。
あの人……、キャラ変わり過ぎだろ。
僕は胸の内でぼやき、その後ろ姿を呆然と見送ったのである。
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