クランクイン

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 口角を意識的に上げたまま、視線を足元の階段へと逸らす。 「駅前にトレーニングジムがあるじゃないですか。僕、あまりに貧相な体なので、ロケまでにもう少し筋肉をつけたくて、あそこの会員になったんです。三間さんも会員だったみたいで、たまたま鉢合わせしたときは、わざわざ車で家まで送ってくださるんです」  嘘は吐いていないけど。言葉が上滑りしている気がする。  それを自覚したら、余計に稲垣の顔を見られなくなった。  一拍置いて、「顔に似合わずいい人ですよね」と付け足し、ははは、と乾いた笑い声を上げる。  疚しさの原因は、ただジムで顔を合わせて、送ってもらっただけではないからだ。  その日は、三間のマンションで先に夕食を食べてから、揃ってジムに行った。飲み会の帰りということは、時間的にはジムから帰っているところを見られたのだろう。  三間に夕食を作ってほしいと頼まれた翌日から、ほぼ毎日、粗餐(そさん)を提供している。スタジオやトレーニングジムで顔を合わせない日は、三間が仕事帰りに僕のアパートまで来ることもあった。  特に口止めされたわけではない。でも、なんとなく、人に知られないほうがいい気がして、それについては伏せておいた。 「車で送ってもらったってことは、晴さんのマンションに行ったってこと? 確かこの近くなんだよね?」  一瞬迷って、「駐車場までなら」と、今度ははっきりと嘘をつく。 「いいなー。俺もジムの会員になったら、晴さんちに遊びに行けるかな?」  3階に着き、踊り場をぐるりとUターンする形で更に下へと降りる。  チラリと目の端で見やった稲垣の横顔は、心底羨ましそうだった。 「諒真さんは事務所の後輩だから、ジムに入会しなくても、普通に家に遊びに行けるんじゃないですか?」  「んー」と稲垣が唸る。 「これまでも、晴さんの家に行きたいですって何度か言ったことあるけど、『散らかってるから』とかなんとか理由つけて、遠回しに断られてるんだよね。晴さんちに行ったことがある人って俺が知ってる限りいないから、余計に私生活が気になってさー」  何を考えているかよくわからない人なので、私生活が気になるという気持ちはわからないでもない。でも、家を見たところで、彼のことはわからないと思う。  料理をしないだけで掃除や洗濯といった他の家事は完璧にやっているようで、家の中はいつ行ってもモデルルームのように綺麗にしてある。清潔感がありきちんとしているけど人間味が薄い、本人の見た目通りの家だった。  三間の家に誰も行ったことがないという話に、嬉しい方向に心が振れかけたが、でも、だったら何故、出会って二回目の僕に夕食を作ってほしいなんて言ったんだろうという、そもそもの疑問に立ち戻る。    そうこうしているうちに2階まで階段を降りきって、廊下に出てすぐのところにある食堂へと入った。  稲垣はしょうが焼き定食で僕は月見うどん。セルフカウンタ―で注文した料理を受け取り、盆に載せて空いている席へと向かう。昼時とあって、どのテーブルも空いている席のほうが少なかった。  揃って両手を合わせ、食べ始めてしばらくした頃。 「ここ、いいかしら?」  盆を片手に声をかけてきたのは、佑美さんだった。背後には三間もいる。  二人は、空いていた僕たちの隣の席へと腰を下ろした。
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