クランクイン

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 僕と稲垣は向かい合って座っていた。  佑美さんが稲垣の隣、三間が僕の隣に座ったのは、単にパーソナルスペースの問題だろう。椅子同士が接するほどの近さで座席が作られているため、三間と稲垣が並んで座るのは見るからに窮屈そうに思える。  佑美さんはカツ丼、三間はサバの味噌煮定食だった。 「佑美さん、意外とがっつり食べるんですね」  稲垣が隣のトレイに視線をやり、目を丸くする。 「お昼は我慢せずにしっかり食べて、夜は油物を控えるようにしているの。夏希君はそれだけで大丈夫なの?」  今度は佑美さんが、僕の月見うどんに目をやった。 「あ、はい。午後からリハなので、緊張してあまり食欲が湧かなくて……」 「リハでそれなら、本番どうすんだよ」  隣に座った男が、舌打ちでもしそうな、苦りきった声をかけてくる。  一度目の人生なら、何か気に障ることでもしただろうかと萎縮していただろうけど。今は、三間が馬鹿にして言っているわけではないことはわかる。言いたいことは佑美さんと同じ。「それで大丈夫か?」という意味だろう。 「本番前は固形物はほとんど食べません。飲むゼリーとかです」 「役者は体力勝負なんだから、ちゃんと食べないともたないわよ」  佑美さんが心配そうに眉尻を下げる。三間は物言いたげにこちらを一瞥しただけで、何も言わなかった。 「さっきのリハ、すごかったです。直すところはなさそうに思うんですけど、あれでも何かダメ出しがあったんですか?」  稲垣が話題を変えてくれたことに秘かに安堵し、目の前のうどんに再び手をつけた。  稲垣が質問し、ほとんど佑美さんだけが答える形で食事と会話が進む中、「柿谷君」とふいに背後から声をかけられた。 「え……? つ、月城(つきしろ)専務?」  そこにいたのは僕の事務所の専務だった。慌てて椅子を引いて立ち上がり、専務と向かい合う。 「どうされたんですか?」 「君がお世話になっているからね。監督やプロデューサーにご挨拶に来たんだ。挨拶を済ませたから君の顔を見て帰ろうと思ったら、食事に行ってると言われてね。ついでに、僕もここで食事を済ませて帰ろうと思って」  専務の持っているトレイには、から揚げ定食が載っている。 「あ、ありがとうございます。どうぞどうぞ」  空いているのは佑美さんの隣だけだったので、専務はテーブルを回り込む形でそこへ行く。 「どうも、お久しぶりです。今回は柿谷がお世話になっています」  専務は席に着くなり、人当たりのよい笑みを浮かべて佑美さんに挨拶した。佑美さんとは顔見知りのようだ。  佑美さんが一度箸をおき、口元を紙ナプキンで拭いて、そちらに顔を向ける。 「年末のパーティー以来ですわね。お忙しいでしょうに、いつも専務自ら現場までいらっしゃって、お宅のタレントさんが羨ましいですわ」  月城専務が所属タレントの撮影現場まで挨拶に行くという話は聞いたことがあるし、一度目の人生ではレッスンもたまに見にきてくれていた。  今回は初めてだったのでかなりびっくりしたが、特に驚くようなことではないのだろう。  ただ、なんとなく。隣にいる三間が、不穏なオーラを纏ったことを気配で察した。  他の三人は和気藹々とした雰囲気で食事と会話を続けているから、気づいたのは僕だけのようだ。
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