仲間と酒盛り

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仲間と酒盛り

「ああ、こっそり飲む酒はうめえなあ」  俺はそう言いながら、割れた茶碗に入った酒を片手で持ち上げる。 「そうか? 俺は、普通に飲みたい。家ん中でな」  少し高い声でそう言ったのは、孝太郎だ。  俺から手渡された茶碗から、中身を一口すすった源太は、苦笑いをしている。 「これを酒って言い出したら、終わりだぞ、弥次郎」  庄吉と五郎兵衛が、そのやりとりを聞いて、笑った。  野営地から少し離れた林の中に、俺たち五人――俺と源太、五郎兵衛、孝太郎、庄吉――はいた。  宵闇に浮かぶ、黒く分厚い雲からは、今にも雨が降り出しそうだ。しかし、そんな気配に反して、俺たちは、和気あいあいと語り合っていた。  そもそもの、きっかけは、木のうろで酒が作れないか、と誰かが言い出したことだった。それなら、と、源太が、ちょうどいい木を見つけてくれた。  酒作りと言っても、見張りの時に見つけた桑の実を、発酵するまで置いておくとか、みりんをお椀に半分、くすねて持ってくるとか、その程度だった。だが、何もない野営地では、大きな楽しみだ。そのうちに、俺たちは、ちょくちょくここに集まって、他愛もない話をするようになった。  小さくて細身の庄吉が語りだす。 「まあ、酒の味なんてさ、どうだっていんだ。なあ、それより、さっきの話、どうなったんだい、五郎兵衛。騎馬と相対したんだろ」  庄吉が水を向けると、五郎兵衛は、うむ、と話し出す。 「そいつは馬上から、槍で、俺の胸を狙ってきた。俺はとっさに、怯えて止まっている馬の頭の方へ、回り込んだ。相手は、俺を追うように、体の向きを変えた。相手の槍は、俺の脇腹へ、一直線に向かって来た――だが、馬の首が、相手の槍の操作を、少し邪魔したらしい。結果、相手の槍は俺の腹をかすめたが、俺の槍はちゃんと相手の腹の脇に刺さっていた、という訳だ。まあ、運が良かったんだなあ」 「いんや、馬上の武士を槍でたおすなんて並じゃないよ」  と、庄吉が素直に褒め、皆も、そうだそうだと、頷きあう。五郎兵衛は照れて、体を揺らした。戦での武勇伝と、出身の村の話は、いつも良い話の種だ。  次は、武器の話題になった。  槍は、結局のところ、長い方がいいのか、短い方がいいのかという話。ついこの前に来た商人から買った穂先は、すぐにこぼれたから気を付けろ、という話など。  こういう話が得意なのは、孝太郎だ。孝太郎は、理論を展開するのがうまい。弓と槍と刀なら、比較してどちらが強いのか、という持論を聞いたときには、思わず感心して、自分の武器を変えることまで考えた。  槍の使い手である、五郎兵衛は、少し首をひねって、言った。 「弓は、使うと無くなる武器だから、主力にするのは、あまり気が向かんな」  五郎兵衛が言うと、庄吉が、にこにこと、笑いながら言った。 「そうだね。それに、弓は大きい方が威力はあるが、扱いが難しいよなあ。忠頼様みたいにはいかない」  弥次郎はどきりとした。源太が、にやにや笑いを堪えたような顔で言う。 「あの方はぜったい弓を外さないものなあ。心に隙がないのだろうかね」  孝太郎が、白く細い人差し指を立てて、顔の横で振った。 「ないことはないんだろうが、冷静だよな。冷徹と言っても良い。しかしあの冷静さは真似できんし、したいとも思わない。武家の人間は、大変だな。まあ、近しい物に対しては、違うのかもしれんが。な、弥次郎」  俺は二人の言葉を無視して、盃を呷った。俺と忠頼の関係は、この前の夜から、すでに皆に知られている。まあ、忠頼は元からそうするつもりだったらしいから、それはそれで仕方がないのだろう。  清之助にちょっかいを掛けられることも、たしかになくなった。  噂を知らない五郎兵衛が、さらりと言った。 「本当の気持ちは、家族にしか見せないものだ。妻子には、きっと笑顔も見せるんだろう」 「知らないのか。あの方の奥は亡くなってる。新しい妻もまだ娶ってはいない」 「じゃあ、故郷に帰ったら、すぐに縁談だな。まずは跡取りを育てなくてはならないからな」  五郎兵衛は言いながら、木の実をつまむ。誰も何も言わない。庄吉が、気づかわし気に、俺をちらりと見た。  俺は、さっと立ち上がると、例の木のうろから、酒らしきものを、がばりとついで、一気に飲み干した。  源太と孝太郎が、ぎょっとして腰を浮かす。 「あっ、お前、そんなに一気に飲むな」 「腹、壊すぞ」  俺は乱暴に口元をぬぐい、茶碗を、孝太郎に投げて寄越した。それから、暗闇の中に向かって、歩き出す。 「どこに行くんだ」 「しょんべん」
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