再び戦の地へ(*)

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再び戦の地へ(*)

相手の、血走った目と、俺の目がかち合う。 俺は仰向けで、目の前に迫る大きな槍の穂を、折れた槍で必死に抑えていた。  槍の向こうがわには、血と汗にまみれた顔。辺りから遠く聞こえる、怒声。砂埃に交じって、湯気が立ちそうなほど、濃厚な血の匂いがする。 ――耐えきれねえ。このままじゃ、やられる。  そう思った俺は、ふっと重心をずらし、相手の槍を、自分の槍の軸に滑らせるようにして、向きを変えた。  追撃をなんとか躱し、相手と間合いを取る。途中、何かをぐちゃっと踏んだ気がした。誰かの臓物だってことは分かったが、それも、どうでもよかった。きっと明日には、野犬の餌になる。   *  すでに、睦月(新暦二月~三月)に入っていた。戦いは伸び、秋になり、年末になっても、俺たちは戦い続けた。故郷に帰る者もいたが、結局、俺は戦地に残ることを選んでいた。  ここのところ、平野での乱戦が続いている。俺たちは、この平野で、もう二刻(四時間ほど)ほど、ぶっ続けで戦っている。  今回の戦の敵である一ノ瀬は、都の端に、屋敷を構えていた。その援軍となりそうな一族は、都の南側にいた。俺たちの目的は、敵が集結するのを阻止すること。いわば集結仕様とする兵を分断する、堰になることだ。  その作戦は、きちんと機能した。地元の有力者程度では、もはや、戦慣れした俺たちの相手には、ならない。  だが、それも初めだけだ。どんなに強くても、強行で進軍してきたら、疲れが出てくる。  当然のように、俺たちの勢いはだんだんと弱ってきてはいた。だが、兵を進めるうち、俺たち南波軍は、なんとか天山寺までたどり着いた。  ここは、この国の中心である英都と、目と鼻の先である。ここから歩いて、三日もあれば、都にたどり着く。  しかしその分、敵の一ノ瀬も、俺たちが都に入ることだけは、阻止しようとしてくる。  俺は、折れた槍を相手の目に突き立てた。男が悲鳴を上げて倒れるのと、、隣から弾かれた短剣が飛んでくるのは、ほぼ同時だった。俺は、おっと、と短剣を避けながら、ため息をついた。 ――ああ、休みたい。  俺がそう思いながら立ち上がり、辺りを見回した時、不意に、敵兵と、目が合った。俺より一回り、体の大きな、若い男だった。丸太のように太い腕に、血管が浮き出ている。 『お前なんか、捻りつぶしてやる』と、男の顔に、書いてある。  確かに、懸命な判断だ、と俺は心の中で頷く。自分より弱そうな兵を見つけ出して殺すのは、戦場の鉄則だ。  敵兵は、やる気満々で、昨日もたっぷり飯を食って出陣してきたらしい男。対する俺は、疲れ切って、服もボロボロのだ。はたから見ても、すぐに勝負がつきそうに思えるだろう。  男はすぐに、刀を構え、迫ってきた。男が刀を振り被り、俺の首向かって切り付ける。俺は上半身を斜めに下げた。額を刀がかすめる。骨を軋ませるような、ぎぎぎぎという戸が頭に響く。  俺は姿勢を低くしたまま。地面の礫を握りこみ、振り向きざまに、相手の目に投げた。  礫は男の目に命中し、彼はのけぞった。その隙に、俺は、さっき折れた槍で、相手の足を払うように薙いだ。  男は呻きながら、膝を折った。もう立てないだろうから、殺す必要もない。男が悔しそうに吠える声を背に、俺はさっさと逃げ出した。戦場では、いつも一瞬で決着がつく。 ――悪いな。そうそう簡単にはくたばらねえよ。  俺は人の合間を走って逃げながら、額の血を目に入らないよう素早く拭きとった。今は全く痛くはないが、あとで痛くなるだろうと、ぼんやり考える。  皆、動きが鈍くなっていた。俺は自陣の旗色の悪さを認め、ちっと舌打ちをした。  累々と横たわった屍を、よけて走る。兵士たちの呻き声と、血なまぐさい空気が纏わりつく。  正直、一刻もはやくこんな無謀な戦い方を指せる戦場から出ていきたかった。それが無理なら、少しでも休みたい。だが、平野には、隠れるところさえ、ない。俺は息を吐いた。  俺は死人を物色し、よさそうな槍を手に取ると、適当に血を拭った。 ――忠頼、みんな。生きていてくれ。  俺は、一緒に戦っている者たちの顔を思い浮かべながら、そう心の中で呟く。丘の向こうから聴こえる、複数の足音と怒声とが、どんどん近くなってくる。
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