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自陣にて2
地平線が黄色く染まり、段々と朱色に近づく。やがて日が真っ赤に熟れて山向こうに沈むと、すぐに空は藍色に飲まれる。
俺と源太が、陣営に戻って来た時、既に、陽は山の端に沈みかけていた。俺たちは取ってきた薬草を渡し、飯を貰いに行った。とにかく、腹が減っていた。
夕飯の握り飯にがっついているとき、なんとなく、辺りの雰囲気が、いつもと違うことに気が付いた。
四、五人の兵が、見張りをするように、陣営の外を見ていた。見張りは常にいるが、今日は特に人数が多いし、何かを探しているような様子だ。
肩を落として、近くを通り過ぎようとした、線の細い男に、俺は声を掛けた。
「なんだか、落ち着かないな。どうしたんだ? 夜襲の噂でもあるのか」
「そんなものはない。ただ、まだ戻ってない奴が、十人ほどいる」
「それなら、いつもと変わらないじゃないか」
男はきっと俺を睨みつける。咬みつかんばかりの表情だ。
「馬鹿野郎。いつもと変わらない、などというな。与助が、いないんだ」
ああ、と、俺は与助の顔を思い浮かべた。与助は少年のような面差しの、歌の巧い男だ。その歌声と美貌には、皆が癒されていたし、上からも、いろんな意味で厚遇されていると聞いていた。
死んだんじゃないか、などと言ったら、こっちが殺されそうだったので、俺は適当に語を次いだ。
「大丈夫、そのうち帰ってくるさ」
俺の言葉を聞いた途端、その男は顔を歪め、急に泣き出した。
「天貴川の滝壷の傍で、俺は、一度、与助を見たんだ――怪我をして、敵兵に追われていた。俺は助けようとした。でも、敵兵の数が多くて、俺が出て行ったら、皆に迷惑をかけると思って――俺は――追うのをやめたんだ。ああ、俺は意気地なしなんだ」
男はしきりに涙を流し、懺悔の言葉を述べた。だが、それは、どこか自分に酔っているような様子でもあり、俺は白々しい気持ちでその姿を見ていた。
俺は、もう与助はこの世にはいないだろうなと思った。
天貴川の滝壷のあたりは、見通しがよい。怪我をしているのであればなおさら、すぐに、見つかって殺されたに違いなかった。
だが、俺の疑問は、まだ解けていなかった。俺はできるだけ悲しそうな顔を作り、男の傍に寄った。
「大変だったな――でも、いくら与助とはいえ、あいつがいなくなったくらいで、こんなには騒がれないよな。与助のほかにも、だれか、帰って来てないやつがいるのか?」
男は、細い腕で涙ををこすりながら言った。
「ああ、そういえば、あいつがいないらしいな。弓の巧い――たしか、日吉――」
「左衛門殿か?」
身体から、血の気がすうっと引いていくのが分かった。俺は思わず、男の腕を掴んだ。
「ああ――そう言う名前だったかもしれん」
「嘘だろ」
俺は呟く。しかし、声は、闇に吸い込まれて、消えていった。
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