第14話 慟哭

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第14話 慟哭

 ウツロは話した。  自分の出自、肉親に捨てられ、山奥の隠れ里で育てられたこと。  師である似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)のこと。  そして盟友アクタのこと。  頼まれてもいないのに、自身の知りうる情報はおよそすべて伝えた。  なぜそこまでしたのかは、彼にもよくわからない。  ただ、この真田龍子(さなだ りょうこ)虎太郎(こたろう)姉弟(きょうだい)が、自分にとてもよく接してくれたから。  証明なんてできないけれど、俺によりそい、気づかってくれたから。  そんな漠然(ばくぜん)とした理由だった。  しかし、ウツロは心の中に、確信できることがひとつだけあった。  少なくともこの二人は、俺を「人間あつかい」してくれた、と。  真田龍子は話が進むごとに、このウツロという少年の壮絶な人生に、その境遇について、悲痛な気持ちになった。  真田虎太郎も目を充血させ、明らかに動揺している。  どうしてこんな人が?  こんなにやさしくて純粋な少年が?  そのようなあつかいを受けねばならなかったのだ?  彼は人間だぞ?  どうしてそんな目に?  どれだけつらかったか。  どれほど苦しかったか。  なぜ彼に救済が与えられなかったのか?  なぜ、なぜ、なぜ…… 「真田さん?」 「……え?」 「どうして泣いているの?」 「え、あ……?」 「虎太郎くんも、なんで?」  真田姉弟の目から(しずく)が垂れている。  なぜだ?  俺をあわれんでいるのか?  しかしそれは、見世物の道化に対して(いだ)くような気持ちなのではないか? 「……泣いてくれるんだね。初めて、いやここに来てからだけれど……」  出会ったばかりの人物を、そうやすやすと信用できるはずもない。  ウツロにはどこか、彼女らを軽蔑(けいべつ)する心があった。  軽蔑されるべきは、彼の心のほうなのであるが。 「……でも、こんなことを言って失礼だけれど、俺に同情なんかしないで。俺は人間じゃないから……醜い、おぞましい、毒虫のような……」    ぱしんっ 「人間だよっ! ウツロくんっ!」 「あ……」  真田龍子はウツロのほほに平手を見舞った。  表皮がうっすらと赤くなるのにしたがって、痛みが伝わってくる。  肉体のみならず、心へと。  その痛みは憎むべきものではなく、むしろ逆であることを彼は理解した。  目の前の少女は偽りの同情などではなく、真のあわれみを向けていることを、ウツロはおぼろげながら感じ取った。  アクタが重なる。  あいつが言いたかったのはこういうことなのかもしれない。  存在として弱者であることと、弱者根性を持っていることは違う。  アクタが、そしてこの少女が否定するのは後者なのだ。  俺が毒虫であったとしても、醜いのは姿ではなく、心のほうだったのだ。  俺はおぞましい毒虫なんです、かわいそうでしょう?  そうだ、俺はそう言っていたんだ。  なんという奴隷道徳か。  俺のそんな精神こそ、毒虫だったのだ…… 「……あ……う……」  ウツロはひとつの悟りを得た。  しかしそれで彼が癒えるかは別の問題だ。  アクタにしてもこの少女にしても、気づかってくれていることはわかるし、とてもうれしい。  だが、彼に刻まれた傷痕(きずあと)は、あまりにも深すぎた。  心の奥深くに封印されている鉄格子(てつごうし)隙間(すきま)から、毒虫どもがぞろぞろと()い出してくる。  肉の下を食い尽くすような、地獄のうごめき。 「……俺は……人間じゃないんだ……毒虫なんだ……醜い……おぞましい……なのに……なんで……なんで……」  シーツを握りしめながら激しく嗚咽(おえつ)する。  その苦しみを口からぶちまけるように。 「……苦しい……苦しい……人間に……なりたい……なりたい、だけなのに……うっ、ううっ……」  人目もはばからず、子どものように泣きじゃくる。  噴きだすその涙は次の瞬間、血にでも変わりそうな勢いだ。 「ウツロくん……」  どれほどの、いったいどれほどの不条理を、彼は背負ってきたというのだ?  こんな年端(としは)もいかない少年が。  それがどれだけ苦しかったか。  どれだけ長い夜を耐えてきたのか。  こんなにも慟哭(どうこく)して……  彼を助けてやりたい。  真田龍子の心は決意へと変わった。 (『第15話 光の中で』へ続く)
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