孤独の百年

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「最近、本読んでる?」 「勿論、色々読んでるよ。怪談本は勿論、ミステリーや純文学、思想書とか相変わらず雑読だけどね」 「なるほどね。何か印象に残ったものとか、お勧めみたいなやつってある?」 「そうだな。やっぱりあれかなあ……」 「何?何て本?」 「うーん、でもなんだか、言うと笑われそうな気がする」 「笑ったりしないよ。君の読書の嗜好の話じゃないか。僕が笑う理由なんかないさ」 「じゃあ、言おうか。やっぱり、ガルシア=マルケスの『百年の孤独』は良かった」 「ぷっ。それはまたコテコテな」 「ほら、笑った。だから言いたくなかったんだ」 「いや、ごめん。だっていかにも話題作ど真ん中って感じだったから」 「話題作だっていいじゃないか。君はミーハーみたいに思ってるかもしれないが、それだけ多くの人の関心を集めてるわけだぞ。やはりそれは人類にとって重要な作品だってことだろう。確かに文庫化されて話題になったのは今年の話だが、それももう二か月以上前の話だ。別に流行を追っかけて読書してるわけじゃない。そもそも君は、読んだことあるのか?」 「いや、そう、むきになるなよ。すまん、今のは僕が悪かった。あまりにも有名な名前が出たんで、つい。実はまだ読んだことも無い」 「君が読んでないのなら、ネタバレになっちまうから、内容については黙っておこう。是非ご自分でお読みください。お求め安くなってもいることだしね。ただ、一つ僕が思ったのは、『百年の孤独』というタイトルのことなんだけどさ」 「タイトル?」 「うん。まず、百年の孤独って言葉を初めて聞いた時、君はどういう印象を持った?僕は、ある人間が百年の間、ずっと独りぼっちで生きているというような、そういう情景が真っ先に浮かんだよ。一人、あるいは複数の人間が各々の場面で、という解釈も出来るかもしれないが、要は百年間、孤独な一生を生きるということ。勿論それは、社会的、精神的、経済的、倫理的、色んな意味合いが無数に考えられるけどね」 「まあ、そうだろうな。僕も同じような印象だ。普通そう思うだろう」 「うん。百年の孤独っていう日本語を日本人が聞いたら、そういう印象を持つだろうな。でも、当然のことながら、あれはスペイン語のタイトルを和訳したものなんだよな。原題は”cien años de soledad”というんだ」 「ふーん」 「で、この原題をつらつら眺めているうちに思いついたんだけど、ひょっとしたら順番を逆にすることも出来るんじゃないか、と思ったんだ」 「逆?」 「うん。つまり『孤独の百年』というわけさ。僕はスペイン語は全然無知なんで、翻訳アプリで試してみた。まず、”cien años de soledad”というスペイン語を日本語へ変換してみると、”百年の孤独”と表示された」 「翻訳タイトルそのままだよね」 「ところがさ、今度は日本語からスペイン語への変換を試してみたんだ。”孤独の百年”と日本語欄に入れて、スペイン語へ変換すると、なんと”cien años de soledad”と表示されたんだ」 「へえ、語順を入れ替えても原題と全く同じということか。不思議だね」 「まあ、無料の翻訳アプリだから、少々眉唾かもしれないがね。でも、文章じゃなくて、ごく短い言葉の変換だから、文字通り機械的な変換だろうし、ということは、人間によるバイアスみたいなものは介在しない筈だから、むしろそういう意味での信頼性はあるかもしれない。それでさ、もし日本語のタイトルが『孤独の百年』だったら、どうだろう」 「うーん、まあ、日本語として少し不自然な感じがするなあ。意味が少々分かりにくいように思う」 「確かに『百年の孤独』に比べれば、わかりにくい感じはあるね。というか、もっと大事な話として、そもそも意味が違ってくるんじゃないか。”成長と繁栄「の」昭和時代”とか、”狂乱「の」1920年代”とか、何かに特徴づけられた時代とか時期を表す時に、”○○「の」△△”っていう言い方をするだろう。そう考えると、これは孤独というものに彩られた百年間、みたいな意味合いに思えてくる。ある人間が孤独に生きる状態というミクロな視点から、孤独というものに特徴づけられる、あるいは誰もがそれに支配されるとも言えるような、とにかくそんな時代、そう言ったマクロな意味合いへと変わってくるように思うんだ。孤独をモチーフにした年代記とも言えるかもしれない」 「……なあ、ぼちぼちやめにしないか?」 「やめにしないかって……突然なんだよ」 「わかってるくせに」 「……」 「わざわざこんな架空の会話の文章までだらだらと打って、君というか僕というか、要はたった一人の人物が、誰かと会話している体裁を、長々と書き連ねているだけだろう。ここには最初から君、そして同時に僕であるという一人の人間しかいないじゃないか。永遠の孤独と寂寥に呪われた一人の人間が、延々と独り言を呟いているだけだろう。さあ、今回はこれでどのくらい孤独を忘れられたかい?五分くらい経ったかな。マイナス五分間の孤独、ってところか。ハハハハハ」 [了]
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