第11章

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第11章

水樹たちは、この植物園の中で、残りの音階に頭文字が合致する花――ラベンダー、レンギョウを探して歩いた。そして、それぞれ、数字の札が括りつけられていることを確認した。ラベンダーには「1」、レンギョウには「6」。 その頃には、赤紫の朝焼けが、水樹たちの視界を染めていた。 此処で改めて、先に水樹がメモに書いた音階に、数字を当てはめるとこうなる。 『6761766717』 水樹は、顎に右手をやり、左手でメモを持って暫し考え込んだ。綺羽が隣に来て、そのメモを覗き込んで来る。 「水樹様。『探偵社アネモネ』の皆様。早速、『新誠の間』に行かれますか?」 水樹の中には、ある種の確信があった。この数字を持って、「新誠の間」に行けば、正解だろうと思っていた。そうすれば、時計を全て手に入れられるかもしれない。 だが、水樹は首を横に振った。 「僕には、未だ解くべき謎があります……明美子さんの部屋に入れさせてください」 水樹が言うと、理人と陽希も続けて頷く。事件が発覚してから明美子の部屋は閉鎖されていた。鍵は勿論、この屋敷の現在の番人である、綺羽が持っている。 *** 水樹の願いは通り、明美子の宿泊していた部屋に、再び戻って来た。現場は、明美子の遺体の発見当時のままになっている。廣二の遺体もそのままだ。 水樹は、縛られた明美子の横を通り過ぎ、真っすぐ浴室に向かった。理人はそれを追って来て、一度、手で制した。その後、廣二の命を奪ったのであろう機器の電源コードが確かに抜けていることを入念に確認し、中に入ることを首肯で了承した。 廣二は、浴室の出入り口に顔を向ける状態で、長方形型の浴槽の長辺のひとつに背をつけ、浴槽の底に尻を着いて絶命している。勿論全裸で、入浴していたようにも見えるが、水樹はそうは考えていない。そのために、此処に来たのだが。早速、廣二の首を起こして、後頭部を確認する。 「矢張り、ここに傷がありますね」 更に廣二の状態を、前に折り畳むように倒しながら言うと、理人も覗き込んで来た。 「……確かに、何かにぶつけたような傷跡が。感電死に見せかけた、頭部の挫傷による事故死でしょうか?」 「いえ、傷はそんなに酷いものではありません。寧ろ……この倒れ方。浴槽から出ようとしたところを、体の前面を押されて、尻餅を着いた。その時に後頭部を打ったように見えます。ほら」 廣二をどかしたことで、彼が先まで頭を置いていたところに、べっとりと血がついているのを見つける。 「この浴槽の長辺の丁度中央あたりに、血がついています。浴室の出入り口から、真っすぐ対角線上です。この浴槽の形だと、長辺を浴室の出入り口側に向けた長方形であることから、今彼が倒れている向きでは、くつろぎ辛いですしね。短辺に寄り掛かって足を伸ばす方が良い」 「くつろいでいたかどうかは、分かりませんけれどね」 「ええ。僕の推理によれば、明美子さんを殺害したのは、廣二さんです」 水樹は一度浴室を出て、明美子の部屋の出入り口に立った。 「廣二さんは、何らかの手段を用いて、明美子さんの部屋に入った。其処で、明美子さんの命を奪い、このような体勢に縛り付けた。その際、血で汚れてしまった体を洗うために、浴室に向かう」 そう語りながら、水樹は浴室に向かった。そして、改めて廣二の遺体と向き合って立ち尽くす。杖を持っていない方の拳を握って。 「此処で、第三者がやってきて、音などに驚いて浴室から出ようとした廣二さんを、中に押し留めるような体勢で突き飛ばした。そして、浴槽の縁で後頭部を強打した廣二さんは、気絶した。其処にドライヤーを放り込んで絶命させる」 理人が水樹のすぐ後ろに立って、腕組みをしながら唸った。 「廣二さんは、御遺体にならなかった場合は、どのように罪を逃れるつもりだったのでしょうか?」 「猫、ですよ。理人」 「猫さん? 嗚呼」  途端、思いついたような声を出して、理人が手を打つ。その軽い音が、浴室に響いた。 「猫さんが出入りするドアが、この屋敷では全ての部屋に設置されている。一度、鍵さえ手に入れてしまえば、紐をつけて引っ張り出したり、中に放り入れたり自由自在ということですね」 「先にも言った通り、明美子さんに部屋に通していただける可能性は高かったでしょう。なぜなら僕たちは謎解きをするライバル同士であり、廣二さんは、明美子さんのファンを自称していた。誰にも聞かれたくないヒントを持って来た、明美子さんのためだけに、とでも言えば簡単です。あとは、明美子さんを殺害してしまえば、廣二さんは明美子さんの部屋の鍵を入手できる」 「廣二さんを殺害した犯人も、廣二さんを殺害後に鍵を奪って、その方法を使って密室を作ったのですね」 「……いいえ、それは違います」 水樹は、少し背伸びした先から籠を取って、脱がれて置き去りの廣二のズボンのポケットら、明美子の部屋の鍵を摘まみ出した。 「鍵は此処に。というか、犯行に及んだ後、シャワーを浴びる前に間違いなく、時間稼ぎのために施錠している筈なんですよね。内側から」 「では、廣二さんを殺害した犯人は何処から」 辺りをぐるりと見回し、此処まで言い掛けて、理人は言葉を止める。そして、ばっと水樹を振り返った。 その時、ドアが開く音がして、理人も水樹も同時にそちらを振り返る。ドアの縁に肘を突いて、陽希が立っていた。 「関係者全員、ロビーに集めたよ」 流石陽希、良く分かっていますね、という声が、二人分重なった。
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