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十
十
心地よい秋の風が頬を撫でる頃、中学生たちが数名、美羽の勤める保育園へ職場体験にやって来た。
美羽の受け持つ五歳児のゆり組には、三名の女生徒がやって来たのだが、その中の一名に、美羽は見覚えがあった。
――また、睨んでる~~。
章吾が北見と呼んでいた生徒だった。下の名は那奈。
先ほど園長先生が、
「坂上先生、先生ご指名で来た生徒さんがいたわよ。断る理由もないから、そのままお願いすることにしたけど。お願いね」
そう言っていたので、多分それはこの北見という生徒だろう。
――一体、どういうつもりだろう。
訝しく思いつつ、園児たちに三名の女生徒を紹介した。
皆、興味津々で大歓迎のムードである。
ふれあいの時間になると、北見以外の二名の女生徒は、積極的に園児の中に溶け込み、一緒にままごとをしたり、本を読み聞かせたりしているが、北見だけは、教室の壁に寄り掛かったまま、園児には一切興味がないといった風にそっぽを向いている。
――何しに来たんだろう?
と疑いたくなるほどだ。
美羽は静かに近付いて行った。
「北見さん、よね。先日はどうも、中学でお会いしたわね」
「はい……」
「今日は、来てくれてありがとう。子どもたち、お姉さんたちに会うの、とても楽しみにしてたのよ」
「私、子どもってあまり好きじゃないんですよね」
「え?」
それなら本当に、なにをしに来たのだろうと思っていると、ようやく那奈が口を開いた。
「あの、本当に山下先生と付き合ってるんですか?」
ストレートに切り出した。
「え? えっと」
なんと答えてよいか、言葉を選んでいると、
「私、山下先生の彼女がここで働いてるときいて、ここに来ることにしました。まあ別にほかに行くところもなかったんですけど。ちょっとあなたがどういう人なのか、興味があって」
「そ……そう」
北見という生徒が陽生に好意を寄せているのは明らかだった。
その時、園児が二人、近付いてきて、
「ねえお姉ちゃん、折り紙しよ」
手に持っていた折り紙を差し出した。美羽はすかさず、
「そうだね、お姉ちゃんに、折り紙折ってもらおうね」
と間に入った。園児が黄色い折り紙を那奈に渡すと、
「私、あまり折り紙って得意じゃないんだけど」
一応受け取ったが、そう言って口を尖らせた。
「なんでもいいのよ。そうだ、ひこうきなんかどう?」
そう言うと、
「ひこうき……くらいならなんとか」
と、近くのテーブルを使ってひこうきを折り始めた。まるきりなにもしないわけではないらしい。
那奈は手先が器用なようで、園児が見守る中、几帳面にひこうきを折りあげた。
そのまま立ち上がってひこうきを飛ばすと、少しの間宙を舞って落下した。それを見ていた園児が、
「すごーい、おねえちゃん、わたしにもおって」
折り紙を数枚袋から取り出し、那奈に渡した。那奈はけだるそうにしていたが、断ることなく、折り紙を折り始めた。
園児が飛ばすと、かなり遠くまで飛び、美羽も、
「すごいすごい、じゃあ先生もやってみようかな」
と参戦し、折り紙を折り出した。
美羽が折っていると、それを見ていた他の園児も興味を示し、
「ぼくもやる」
「わたしも」
と次々にやって来た。
そうしてあっという間に折り紙ひこうき合戦となり、皆次々に距離や飛行時間を競い始めた。
美羽は、
「それじゃあ、みんな、お外に出て飛ばしてみようか」
と声を掛け、皆それぞれに自慢のひこうきを持ち、早速表へと飛び出した。
それぞれ歓声を上げながら、ひこうきを飛ばし合い、気が付けば那奈も輪の中に入り、園児たちに負けじとひこうきを飛ばしていた。
ひとしきり盛り上がったところで、美羽は再び室内で折り紙を折る那奈のところへ近付いて行った。
「どう、北見さん。子どもたち、かわいいでしょ?」
そう言うと、
「このクラスの子はいいですけど、でも大半の子どもは、わがままで、すぐ泣くし、図々しいし、人に迷惑かけてもおかまいなしですよね」
頬を膨らませた。
「う~ん。それはすべて、こちらの対応によるかな」
「え?」
「子どもは、敢えて子ども扱いしないで、こちらが対等に接すれば、対等に応えてくれるのよ」
「…………」
「そりゃ、まだ未熟なところもあるから、時には大声で泣くし、わがままも言う。でもね、その度に大人であるこちらが、まるごと受け止めてあげて、時には一緒になって悲しんだり、笑ったり、感情を共有して、お互い気持ちよく生活できる道を探すの」
「…………」
「子どもってね、まだまだ知らないことがたくさんあるし、未熟だし、でも可能性に満ち溢れてる。私は、そんな子どもたちの成長を見守ることが出来て、幸せだなって思うの。子どもから学ばせてもらうことがたくさんあるのよ」
「…………」
「だから、北見さんも、子どもを子どもだと思わずに、一人の人間として、対等に接してみて」
そう言うと、
「わかり……ました」
那奈は答えると、まじまじと美羽を見つめた。
そしてしばらくはなにか考え込んでいるようすだったが、やがて顔を上げた。
「坂上先生」
「なあに?」
「山下先生を、絶対に傷つけたりしないでくださいね」
その言葉に、美羽は深く頷いた。
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