1/1
前へ
/15ページ
次へ

十  心地よい秋の風が頬を撫でる頃、中学生たちが数名、美羽の勤める保育園へ職場体験にやって来た。  美羽の受け持つ五歳児のゆり組には、三名の女生徒がやって来たのだが、その中の一名に、美羽は見覚えがあった。  ――また、睨んでる~~。  章吾が北見と呼んでいた生徒だった。下の名は那奈。  先ほど園長先生が、 「坂上先生、先生ご指名で来た生徒さんがいたわよ。断る理由もないから、そのままお願いすることにしたけど。お願いね」  そう言っていたので、多分それはこの北見という生徒だろう。 ――一体、どういうつもりだろう。  訝しく思いつつ、園児たちに三名の女生徒を紹介した。  皆、興味津々で大歓迎のムードである。  ふれあいの時間になると、北見以外の二名の女生徒は、積極的に園児の中に溶け込み、一緒にままごとをしたり、本を読み聞かせたりしているが、北見だけは、教室の壁に寄り掛かったまま、園児には一切興味がないといった風にそっぽを向いている。 ――何しに来たんだろう?  と疑いたくなるほどだ。  美羽は静かに近付いて行った。 「北見さん、よね。先日はどうも、中学でお会いしたわね」 「はい……」 「今日は、来てくれてありがとう。子どもたち、お姉さんたちに会うの、とても楽しみにしてたのよ」 「私、子どもってあまり好きじゃないんですよね」 「え?」  それなら本当に、なにをしに来たのだろうと思っていると、ようやく那奈が口を開いた。 「あの、本当に山下先生と付き合ってるんですか?」  ストレートに切り出した。 「え? えっと」  なんと答えてよいか、言葉を選んでいると、 「私、山下先生の彼女がここで働いてるときいて、ここに来ることにしました。まあ別にほかに行くところもなかったんですけど。ちょっとあなたがどういう人なのか、興味があって」 「そ……そう」  北見という生徒が陽生に好意を寄せているのは明らかだった。  その時、園児が二人、近付いてきて、 「ねえお姉ちゃん、折り紙しよ」  手に持っていた折り紙を差し出した。美羽はすかさず、 「そうだね、お姉ちゃんに、折り紙折ってもらおうね」  と間に入った。園児が黄色い折り紙を那奈に渡すと、 「私、あまり折り紙って得意じゃないんだけど」  一応受け取ったが、そう言って口を尖らせた。 「なんでもいいのよ。そうだ、ひこうきなんかどう?」  そう言うと、 「ひこうき……くらいならなんとか」  と、近くのテーブルを使ってひこうきを折り始めた。まるきりなにもしないわけではないらしい。  那奈は手先が器用なようで、園児が見守る中、几帳面にひこうきを折りあげた。   そのまま立ち上がってひこうきを飛ばすと、少しの間宙を舞って落下した。それを見ていた園児が、 「すごーい、おねえちゃん、わたしにもおって」  折り紙を数枚袋から取り出し、那奈に渡した。那奈はけだるそうにしていたが、断ることなく、折り紙を折り始めた。  園児が飛ばすと、かなり遠くまで飛び、美羽も、 「すごいすごい、じゃあ先生もやってみようかな」   と参戦し、折り紙を折り出した。  美羽が折っていると、それを見ていた他の園児も興味を示し、 「ぼくもやる」 「わたしも」  と次々にやって来た。  そうしてあっという間に折り紙ひこうき合戦となり、皆次々に距離や飛行時間を競い始めた。  美羽は、 「それじゃあ、みんな、お外に出て飛ばしてみようか」  と声を掛け、皆それぞれに自慢のひこうきを持ち、早速表へと飛び出した。  それぞれ歓声を上げながら、ひこうきを飛ばし合い、気が付けば那奈も輪の中に入り、園児たちに負けじとひこうきを飛ばしていた。    ひとしきり盛り上がったところで、美羽は再び室内で折り紙を折る那奈のところへ近付いて行った。 「どう、北見さん。子どもたち、かわいいでしょ?」  そう言うと、 「このクラスの子はいいですけど、でも大半の子どもは、わがままで、すぐ泣くし、図々しいし、人に迷惑かけてもおかまいなしですよね」  頬を膨らませた。 「う~ん。それはすべて、こちらの対応によるかな」 「え?」 「子どもは、敢えて子ども扱いしないで、こちらが対等に接すれば、対等に応えてくれるのよ」 「…………」 「そりゃ、まだ未熟なところもあるから、時には大声で泣くし、わがままも言う。でもね、その度に大人であるこちらが、まるごと受け止めてあげて、時には一緒になって悲しんだり、笑ったり、感情を共有して、お互い気持ちよく生活できる道を探すの」 「…………」 「子どもってね、まだまだ知らないことがたくさんあるし、未熟だし、でも可能性に満ち溢れてる。私は、そんな子どもたちの成長を見守ることが出来て、幸せだなって思うの。子どもから学ばせてもらうことがたくさんあるのよ」 「…………」 「だから、北見さんも、子どもを子どもだと思わずに、一人の人間として、対等に接してみて」  そう言うと、 「わかり……ました」  那奈は答えると、まじまじと美羽を見つめた。  そしてしばらくはなにか考え込んでいるようすだったが、やがて顔を上げた。 「坂上先生」 「なあに?」 「山下先生を、絶対に傷つけたりしないでくださいね」  その言葉に、美羽は深く頷いた。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加