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十一
十一
湯船につかり、疲れた体を癒しながら、美羽は天井を見上げていた。
そして先日、陽生と会った時のことを思い出していた。
公園のベンチに腰を下ろし、時折吹きあがり、水しぶきをあげる噴水を見つめながら、陽生が口を開いた。
「先日は、おれのクラスの生徒が美羽の保育園に行って、世話になったね。ありがとう」
「子どもたちすごく喜んでた。お礼を言うのはこちらのほうよ」
「特に北見という生徒はね、行って良かったって言ってたよ」
「本当?」
美羽は声を上げた。まさか那奈がそのように思うなどと思わず、素直にそのことが嬉しかった。
「よほど楽しかったらしくてね。また行きたいって言ってたよ」
「是非是非、来て欲しいって言って。子どもたちも喜ぶと思う」
「伝えておくよ」
陽生はそう言うと、体の向きを変え、こちらをじっと見据えた。
「美羽が保育士になったのは、子どもが好きだから?」
「そうよ。大好き」
「それじゃあ、自分の子どもなんていたら、凄く可愛がるんだろうな」
「そうね。可愛くてしかたないでしょうね」
「おれはさ、美羽との子どもだったら、目に入れても痛くないくらい可愛いと思うだろうな」
「え?」
「美羽と、家族になりたいと思ってる」
「陽生さん……」
美羽は即座に返事が出来なかった。
ただその後、正式にプロポーズされ、
「少し……考えさせて」
とだけ答えた。
そのことを、先ほど章吾に告げると、章吾は持っていたワイングラスを落としてしまった。
慌ててそばにあった布巾で拭き取ると、
「そうか……」
とつぶやき、章吾は続けて言った。
「それで、美羽はどうするんだ?」
「私……まだ迷ってる」
「そうか、でも、何度も言うが、彼は本当にいい男だよ。彼なら、安心して美羽を任せられる」
「うん……」
美羽はそれ以上、なにも言えなかった。
今、リビングでは、章吾がテレビを観ながら寛いでいる。
最近毎晩酒を飲むようになり、今もきっと嗜んでいるだろう。
美羽は、陽生の告白に、すぐに返事を返すことが出来なかった。
陽生なら、章吾以上に愛せるだろうと思ったが、やはりどうしても、章吾のことがいつも頭から離れないのだ。
章吾には母がいる。
わかっていても、このままでは先に進めない。
美羽は思い切って立ち上がり、あることを決意した。
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