16人が本棚に入れています
本棚に追加
十二
十二
「美羽、なんだその格好は……」
章吾はワイングラスをテーブルに置き、怒ったような、困惑したような顔で言った。
「はやく、パジャマに着替えなさい」
裸体に、バスタオル一枚纏ったままの格好で、美羽はリビングにいる、章吾のもとへやってきたのだった。
美羽は食器棚からグラスを取り出し、章吾の飲んでいたワインを注ぎ、一口飲んだ。
そして、立ち上がったまま、章吾に話し掛けた。
「お父さんあのね……」
「どうした?」
「私どうしても、山下さんに、はいって素直に言えないの」
「どうして?」
「それは、ほかに好きな人がいるから」
「好きな人って……」
「その人にはね、奥さんがいるの」
「え?」
「だから、告白なんて出来ないし、その人も、私の気持ちなんか知らないの」
「そうか……なら、諦めるしかないんじゃないか?」
「そう……だと思う。でも、だけど、それじゃあ、先に進めないの。ただひと言、その人に想いを告げたいの。たとえ受け入れてもらえなくてもいいから、自分の気持ちだけは伝えたいの」
「…………」
俯き、なにか考えている風の章吾に、
「先生……」
美羽は呼び方を変え、章吾は驚いて顔を上げた。
「先生、私、初めて会った時から、ずっと……先生のことが……」
そこまで言うと、美羽はすっとバスタオルを床に落とした。
「美羽!」
章吾は声を上げ、床に落ちたバスタオルを拾い、美羽の体に掛け、
「早く、パジャマに着替えなさい」
命令口調で叱るように言った。
美羽は、
「私、もう、自分の気持ちに嘘がつけない。苦しくて苦しくて、しかたがないの。先生が好きで、好きで、堪らないの。だから、たった一度だけ、私に思い出をちょうだい。それだけでこれから一生、生きていくから、それだけでいいから。そうじゃないと、一歩も前に進めないの」
訴えると、章吾は、
「そんなこと、出来るわけがないだろう。美羽は私の娘だ」
そう言って顔を背けた。
美羽は食い下がらず、
「それなら、一度だけでも抱きしめて、それだけでいいから、お願い」
懇願した。
章吾はしばらく俯いていたが、やがて立ち上がり、美羽の体を強く抱きしめた。
「美羽、幸せになるんだ。それだけが、おれの願いなんだ」
「先生……」
章吾の体に両手を回し、美羽はこの瞬間が永遠に続けばいいと思った。
だが章吾は、
「さあ、もう本当に服を着なさい。風邪をひいたら大変だ」
そう言って、脱衣所へ向かい、美羽のパジャマを持って来た。
手渡されたパジャマを抱え、美羽はその場に泣き崩れた。
やはり想いは伝わらない。
わかっていたことだが、改めて思い知らされた。
「美羽……」
章吾に名を呼ばれ、美羽は顔を上げた……。
最初のコメントを投稿しよう!