十二

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十二

十二 「美羽、なんだその格好は……」  章吾はワイングラスをテーブルに置き、怒ったような、困惑したような顔で言った。 「はやく、パジャマに着替えなさい」  裸体に、バスタオル一枚纏ったままの格好で、美羽はリビングにいる、章吾のもとへやってきたのだった。  美羽は食器棚からグラスを取り出し、章吾の飲んでいたワインを注ぎ、一口飲んだ。  そして、立ち上がったまま、章吾に話し掛けた。 「お父さんあのね……」 「どうした?」 「私どうしても、山下さんに、はいって素直に言えないの」 「どうして?」 「それは、ほかに好きな人がいるから」 「好きな人って……」 「その人にはね、奥さんがいるの」 「え?」 「だから、告白なんて出来ないし、その人も、私の気持ちなんか知らないの」 「そうか……なら、諦めるしかないんじゃないか?」 「そう……だと思う。でも、だけど、それじゃあ、先に進めないの。ただひと言、その人に想いを告げたいの。たとえ受け入れてもらえなくてもいいから、自分の気持ちだけは伝えたいの」 「…………」  俯き、なにか考えている風の章吾に、 「先生……」  美羽は呼び方を変え、章吾は驚いて顔を上げた。 「先生、私、初めて会った時から、ずっと……先生のことが……」  そこまで言うと、美羽はすっとバスタオルを床に落とした。 「美羽!」  章吾は声を上げ、床に落ちたバスタオルを拾い、美羽の体に掛け、 「早く、パジャマに着替えなさい」  命令口調で叱るように言った。  美羽は、 「私、もう、自分の気持ちに嘘がつけない。苦しくて苦しくて、しかたがないの。先生が好きで、好きで、堪らないの。だから、たった一度だけ、私に思い出をちょうだい。それだけでこれから一生、生きていくから、それだけでいいから。そうじゃないと、一歩も前に進めないの」  訴えると、章吾は、 「そんなこと、出来るわけがないだろう。美羽は私の娘だ」  そう言って顔を背けた。  美羽は食い下がらず、 「それなら、一度だけでも抱きしめて、それだけでいいから、お願い」  懇願した。  章吾はしばらく俯いていたが、やがて立ち上がり、美羽の体を強く抱きしめた。 「美羽、幸せになるんだ。それだけが、おれの願いなんだ」 「先生……」  章吾の体に両手を回し、美羽はこの瞬間が永遠に続けばいいと思った。  だが章吾は、 「さあ、もう本当に服を着なさい。風邪をひいたら大変だ」  そう言って、脱衣所へ向かい、美羽のパジャマを持って来た。  手渡されたパジャマを抱え、美羽はその場に泣き崩れた。  やはり想いは伝わらない。  わかっていたことだが、改めて思い知らされた。 「美羽……」  章吾に名を呼ばれ、美羽は顔を上げた……。
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