十四

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十四

十四 (美羽) 「美羽おばちゃん、これあげる」 「なあに、凛ちゃん」  凛の手には、小さなくまのぬいぐるみがあった。 「これ、おばちゃんにくれるの?」 「うん。赤ちゃんに」 「そう。ありがとう。赤ちゃんも喜ぶと思うよ」  美羽はそう言ってお腹をやさしく撫でた。  まだお腹は大きくせり出してはいないが、ようやくつわりがおさまり、今までのようになんでも食べられるようになった。  予定日は秋、美羽の誕生日と同じ頃だ。    あの日、うちひしがれ、泣き崩れる美羽に、章吾は静かに名を呼んだ。  顔を上げると、ゆっくり抱き起こされ、そのまま抱きしめられた。  父親として、娘を慰めてくれているのだろうと、それが更に悲しくて泣きじゃくっていると、 「後悔……しないか?」  章吾はそう耳元で囁いたのだ。  驚いて顔を上げる美羽に、章吾は唇を重ねて来た。  その後のことは、夢ではないかと思わずにいられなかった。  夢なら、永遠に覚めないで欲しいと……。  章吾と母は正式に離婚し、美羽の妊娠を期に章吾と美羽は籍を入れた。  姉は、そのことを知ると、 「ふーん、良かったじゃない。想いが叶ったね、美羽」  と、一緒になって喜んでくれた。   姉は、また時々こうして子どもを預けに来る。  母の実家は遠いので、近場であるこちらに来るのだ。   だがその度に、母も孫に会いたくていそいそとやって来る。  母は明日の朝、こちらに来ると言っていた。  母は、美羽の幸せを誰よりも願ってくれ、こうなったことも、心から祝福してくれた。  美羽の気持ちに気付いていながら、早く答えを出せずに済まなかったと謝ってもくれた。  陽生は、多少悔しがっていたが、美羽の気持ちが完全に自分に向いていないことは薄々感じていたらしく、潔く祝福してくれた。    また、そのことで那奈が保育園に押しかけてきたことがあった。  仕事終わりに美羽が保育園の門を出たところで、 「坂上先生、どういうことですか?」  那奈がすごい剣幕で詰め寄って来たのだ。 「えっと、あの」  なんと言ってよいかわからず、困惑していると、 「山下先生を傷つけたりしないでって言いましたよね」 「ええ、そう、そうなんだけど」  那奈は興奮した様子で、肩で息をしている。 「ちょっと落ち着いて、北見さん」  美羽はとにかく落ち着かせようと、近くの公園へと誘った。  那奈はふくれっ面で付いて来たが、  美羽がベンチに腰を下ろすと、那奈は立ったままで、 「どういうことか、説明してください」  攻撃的に言った。 「私ね……中学の時、担任の先生に一目惚れしていたの……」 「それが、坂上先生ですか?」 「そうよ」 「…………」 「でも、でもね……先生は私の母と一緒になってしまったの」 「…………」 「だけど、私、ずっと先生のことが好きだった。何年経っても、その気持ちは変わらなかった」  那奈は少しだけ落ち着いた様子で、美羽の隣に座った。  美羽は言葉を続けた。 「それでもね、勇気を出して気持ちを打ち明けたの。後悔したくなかったから」 「…………」 「そしたらね。信じられないけど、先生が振り向いてくれたの、私に」 「…………」 「山下先生には申し訳ないことをしたと思ってる。でも、山下先生のことも、私、真剣に考えてた。決して遊びじゃなかったのよ」  すると那奈は、さっきとは違うトーンで口を開いた。 「山下先生、すごく良い先生なんです。誰に対しても平等だし、面白くて優しいし、人気があって、だから、幸せになって欲しいんです」 「そう。北見さんは、本当に山下先生が、好きなのね」 「…………」 「そうじゃないと、そんな風に真剣に怒ったりしないものね」 「…………」 「私、山下先生には、きっと素敵な人が現れると思うの。あんなに良い人だもの」 「…………」 「北見さんのような……ね」 「え?」 「この先どうなるかわからないけど、山下先生を想う気持ちを大切にして。たとえ、報われない恋だったとしても、人を想う気持ちは決して無駄なんかじゃないから。好きになれただけで、それは本当にとても幸せなことだと思うから」  そう言うと、那奈は静かに頷いた。
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