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十五
十五
台所で章吾が、
「みんな、ご飯の用意ができだぞ、手を洗っておいで」
と声を掛けてきた。
美羽は大きく返事をし、凛と湊斗を連れ、洗面所に向かった。
章吾は、自身の子どもが出来ることを心待ちにしており、美羽の体をなによりも気遣ってくれている。
そうして休みの日になるとこうして朝昼晩の食事を作ってくれるのだ。
「そんなに甘やかさないで、先生、私なら大丈夫だから。病気じゃないんだし」
と言っても、
「おれがやりたいんだよ。だから美羽は気にせず一日中寛いでてて」
と、家のことはなにもさせてくれない。
出産後はどうなるのだろうと、章吾がいつか過労で倒れないか心配であった。
この日の夜は、カレーだった。
鍋は一つだけ、甘口である。
「先生、私、先生の分、別に作るよ」
そう言うと、
「いや、いいよ。おれも同じの食べるから」
と言う。
「でも……」
無理をしているのではないかと思い、鍋を取り出すと、
「本当に、いいから。ほらだって、これから子どもも生まれると、当然甘口になるだろう? だからおれも慣れておかないとね」
章吾はそう言って微笑んだ。
だが美羽は黙って章吾の分だけ鍋に取り分け、香辛料を足した。
章吾はこちらが気遣わない限り、自分を犠牲にしてしまうのだ。
章吾のことを「先生」と呼ぶのは、どうしても直りそうになかった。
章吾は時折、
「そろそろ、先生はやめて、名前で呼んでくれないか?」
と言うが、中学の頃、一目会った瞬間に好きになった先生を、先生と呼ぶ度に、あの頃に戻ったような気がして、どうにもやめられないのだった――。
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