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二  翌日、午後になり、陽が落ちかけた頃、章吾の運転する自家用車で、少し離れた公園へと出掛けた。  そこは、野球グラウンドが併設され、夏には盛大な祭りが行われる、美羽の暮らす市の中で一番大きな公園である。  売店の近くにある小さな広場には、ぶらんこや滑り台、ミニアスレチックなどがあった。  美羽が湊斗を抱っこして、章吾が凛の手を繫ぎながらその場所へ向かった。  すると、早く遊びたくてしかたがない凛が、章吾の手から離れ、駆け出して行った。 「凛、そんなに走ると、転ぶぞ」  凛は一目散に滑り台へと向かって行く。  その様子を見て湊斗も「あーあー、」と手を伸ばし、降ろしてくれという仕草をした。  美羽が下に降ろすと、湊斗もよちよちと凛のほうへ歩いて行く。  その様子を微笑ましく見つめながら、美羽は湊斗の後をゆっくり付いて行った。  章吾が凛を、滑り落ちてくる台の下で受け止め、それを繰り返す度、危なくないよう必要なところで手を差し伸べている。  湊斗は美羽と一緒に砂場で砂を掘り、陽が暮れかけるまで遊んだ。  ひとしきり楽しんだところで、ようやく凛が納得して帰ることになり、章吾が凛を肩車し、美羽が湊斗を抱っこして横並びに歩いた。  美羽は、傍から見ればきっと家族に見えるだろうなとふと思った。  章吾はまだ四十前で見た目にも若々しく、二人の父親だといってもおかしくない。  美羽とは十五離れているが、夫婦だといっても、きっと疑う人はいないだろう。  母と章吾は、二人の間に子どもを設けなかった。  以前章吾に、自分の子どもが欲しくないのかと尋ねたことがあったが、 「こんなに可愛い娘が二人もいるのに、これ以上望んだら、罰が当たるよ」  と言っていた。  章吾は父親というより、年の離れた兄のような歳の差だったが、彼は彼なりのやり方で、父親として接してくれていた。  駐車場までのみちのりをゆっくりと歩きながら、美羽は束の間の幸せを感じていた。  これが本当に親子だったなら……。  章吾が父親で美羽が母親、そしてふたりのかわいい子どもたち。  永遠に叶うことのない夢だが、たとえ嘘でもこうして疑似体験できたことに、この時ばかりは心の中で姉に感謝した。  家に帰ると、カレーの匂いが漂っていた。  母が孫に会うためにやって来ていたのだ。 「お母さん、ただいま」  美羽が湊斗を抱きかかえたまま近付くと、 「あら、まあ、みーくん、大きくなったわねえ」  母は満面の笑みで、湊斗に手を伸ばした。  湊斗が母に抱っこされると、凛が駆け寄って来て、 「りんもだっこして、りんも」  両手を伸ばして訴える。 「はいはい、凛ちゃんもだっこしようね。順番ね」 その様子を見ていた章吾が、 「やっぱりおばあちゃんは大人気だな」  少し羨ましげに言った。美羽は、 「ねえお母さん、おじいちゃんのほうはいいの?」  と尋ねた。 「おじいちゃんなら、一晩くらいなら大丈夫よ。このところ、ちょっと物忘れが酷くなって来てるけど、認知症ってわけじゃないから」 「そうなんだ」  昨年祖母がなくなってから、祖父は広い一軒家に独り暮らしとなった。  だが祖父は家事もなにも出来ず、とても一人では暮らせないということで、誰かが祖父の面倒をみなければならなくなったのだが、いずれは母の兄が家を継ぐことになっており、それまでの間、唯一自由な身である母が、家族とは別居する形で祖父とともに暮らすことになったのだ。  だがこうして、孫が訪ねてきたり、誰かの誕生日など特別なことがあった日には、すぐに戻ってきてくれる。  部屋中に広がるカレーの香りに、美羽が、 「今日はカレーなのね。久しぶりにお母さんのカレーが食べられるなんて、幸せ」  そう言うと、 「美羽は甘口が好きなのよね。だから今日は、凛ちゃんやみーくんと一緒ね」  からかい混じりに言った。  実際、美羽は甘口のカレーが好きなのだが、章吾と二人になってから、中辛のカレーばかり食べるようになった。  母はいつも、この日のように甘口と中辛の二種類を作ってくれるが、章吾と二人で食べる時には、敢えて自分の分を甘口にするのはなんだか恥ずかしく、中辛くらいなら普通に食べられるからだ。  けれどもやはり、カレーは甘口が好きで、こうして分けて作ってもらえるのは正直に嬉しい。  凛や湊斗と一緒と言われても、好きなものは好きなのだ。 「子どもの頃からずっと、甘口が好きなんだもの。凛や湊斗と同じでも構わないわよ」  美羽は頬を膨らませた。  だがやはり、母の作るカレーは格別で、決して真似のできない味だった。
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