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八
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風呂から上がった美羽が、水を飲みに台所へ行くと、リビングで珍しく章吾が一人でワインを開けていた。
「珍しい、お父さんがお酒を飲むなんて」
美羽がそう言うと、
「なんだか……飲みたくなってね」
「じゃあ、私も戴こうかな」
美羽も普段からあまり飲むほうではないが、人が飲んでいるとなんだか欲しくなってしまう。
美羽はグラスを手にテーブルに近付いて行った。
ワインを注いでもらい、一口口に含むと、章吾が口を開いた。
「今日、山下くんが、挨拶に来たよ」
「山下さんが?」
「美羽との交際を認めて欲しいってね」
「そう……。で、お父さんはなんて言ったの?」
「娘を決して泣かせるようなことはしないで欲しいと、何度も釘を刺しておいたよ」
美羽は章吾らしいと思いながら、少し微笑んだ。
「もし、私がお嫁にいったらお父さんは嬉しい? 寂しい?」
「そりゃ嬉しいし、寂しくもあるさ。由羽の時もそうだったしね」
「じゃあ、今日は寂しくて、お酒を飲んでるの?」
「まあ、それもあるかな。言いかたは悪いけど、娘を取られるわけだからね」
そう言うが、姉が結婚を切り出した時に、章吾はその日酒を飲まなかった。
少しは特別に思ってくれたのだろうかと、美羽は勘繰りたい気分だった。
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